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ラフマニノフ :エチュード(練習曲)「音の絵」 Op.33

Rakhmaninov, Sergei Vasil'evich:Etudes-tableaux Op.33

作品概要

作曲年:1911年 
出版年:1914年 
初出版社:Gutheil
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:練習曲
総演奏時間:26分30秒

解説 (2)

解説 : 山本 明尚 (5455文字)

更新日:2020年1月23日
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概説

《楽興の時》《前奏曲集》や《音の絵》をはじめとする名曲を知る我々には意外なことだが、ラフマニノフにとってピアノ小品の作曲は鬼門だった。親友ニキータ・モローゾフ宛の手紙には以下のように書かれている。「ピアノ小品は何よりもひどい進捗だ。僕はこの仕事が嫌いで、やっているのがいやになる。美も喜びもない」(1910年7月30日付、以後1917年までの日付は注のない限り露暦)。また最晩年の1941年のインタビューでは、「ピアノ小品の作曲には、交響曲や協奏曲を作曲するよりも色々と頻繁に苦しみ、より多くの問題にぶち当たってきました。ピアノ小品を書くとき、私は端的かつ正確に表現されねばならない自分の主題に服従させられています」と苦労を語っている。このように厭いながらも、ラフマニノフは折々に様々な動機からピアノ小品というジャンルに手を付けた。その動機は、内的な創作の衝動よりもむしろピアニストとしての自身のレパートリー拡充や出版社・楽壇からの需要の高さといった実際的なところにあるようだが、たとえそうだとしても、残された珠玉の数々を見るとラフマニノフはプロフェッショナルとして完璧な仕事をしたと言っていいだろう。

練習曲集《音の絵》作品33の作曲過程について、資料面から分かることは少ない。ただ、自筆譜に記された日付によると、1911年の8〜9月、別荘イヴァーノフカでの休暇中に作曲作業に取り掛かり完成させたようである。記録が残っている限りの初演は、1911年10〜11月に行われたイギリスで行われた自作自演演奏会ツアーで、第1番ヘ短調第7番変ホ長調第6番変ホ短調第8番ト短調第9番嬰ハ短調の中から何曲かが演奏されたようである(正確な曲目は不明)。

完成後、作品はすぐに出版されることなく、ラフマニノフの自作演奏会で何度となく再演されながら、大小の修正を加えられ、1914年にグートヘイリ社によって出版される際にようやく今の形となった。

なお、直前になり(《9つの練習曲絵画》の題名による表紙が出来上がっていたにもかかわらず)ラフマニノフは曲集から第3番ハ短調、第4番イ短調、第5番ニ短調の3曲を撤回し、その後も決して出版しようとしなかった。1917年4月に書かれたアサーフィエフ宛の手紙には、「抹消された作品は机の引き出しにしまってあります。出版されることはないでしょう」とある。この理由は様々に憶測されており、例えば本国ロシアでは撤回された楽曲の音楽的単調さをラフマニノフが嫌がったという説や、他の曲と比較して旋法や譜づらの異質さを気にしたという説、また演奏会や録音のため、ツィクルス全体の演奏時間を短縮するためだったという説などが挙げられている。しかし、撤回の理由には客観的証拠はなく、今や推測する他ない。

なお、ここで撤回された楽曲のうち、第4番は作品39に改訂の上収録された。一方、第3番と第5番はラフマニノフの生前には出版されず、1947年にソ連で出版された「全集版」(イグームノフ、ラーム責任編集)で初めて楽譜の形で世に出た。

なお、ヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして自作自演の演奏を少なからず残しているラフマニノフだが、《音の絵》作品33に関しては、1920年10月21日に第8番ト短調を、1940年3月18日に第2番ハ長調と第7番変ホ長調をそれぞれ録音している。これらの録音は、ラフマニノフの技量と演奏家としての魅力を現代に伝えてくれるものであると同時に、これらの楽曲に対する作曲者自身の楽曲解釈を知る上で有益な資料にもなるであろう。

標題性

作品33と39の二つの練習曲集は、「音の絵」(より正確に訳せば「練習曲絵画」)という特異な題名により、各曲の標題性についてさまざまな議論を巻き起こしてきた。

前提として、少なくとも《音の絵》のいくつかの楽曲には、作曲者自身が意識した、あるいは「インスパイアされた」と述べている音楽的・音楽外的要素が存在すると思われる。その具体的なもののいくつかは、ラフマニノフが《音の絵》の管弦楽編曲に取り組んでいたレスピーギに宛て、1930年1月2日付けで書いた手紙に「作者の構想の秘密に抵触するいくつかの説明」を行った際に触れられている。ラフマニノフ曰く、

練習曲第1番(イ短調)[作品39-2]は海とかもめ。練習曲第2番(イ短調)[作品39-6]は赤ずきんと狼のイメージにインスパイアされました。練習曲第3番(変ホ長調)[作品33-7]は市場の場面。練習曲第4番(ニ長調)[作品39-9]も同様な性格を持ち、東洋の行進曲を連想させます。

練習曲第5番(ハ短調)[作品39-7]は葬送行進曲です。この曲についてはもう少し仔細に解説したいと思います。[中略]主要主題は行進曲で、もう一つの主題は合唱による歌唱です。

ハ短調と、そのあと変ホ短調の16分音符で動き始める場面は、絶え間なくどうしようもない小雨を連想しました。この運動が発展していき、ハ短調のクライマックスに至りますが、これは鐘の音です。最後の部分は最初の主題、あるいは行進曲です。」

また、ソ連の音楽学者ケールドゥィシが書くところによると、「ラフマニノフに親しい人々がラフマニノフの言葉を伝えて曰く、それぞれの練習曲の根底には何らかの表題的な構想を据えて書いたという」。

これらに従うならば、《音の絵》のそれぞれの楽曲には、それぞれ何らかの標題性を求めることができることになる(もっとも、ラフマニノフの言葉からすると、この曲集にみられる標題性は交響詩や劇付随音楽のように、はっきりとした筋書きに沿ったものではないように思われるが)。しかし、今やその証拠は上記のレスピーギへの語りを除けば、楽譜そのもの、同時代人をはじめとする周辺人物の証言や解釈、ラフマニノフが残した録音を間接的に追うほかない。《音の絵》に描かれ表現されたものをどのように理解し音にするかは、絶対音楽の解釈と同様、ある程度弾き手に開かれ委ねられているのである。

各曲解説

第1番 ヘ短調 アレグロ・ノン・トロッポ

勇ましい行進曲調の練習曲だが、拍子記号は2/4、3/4、4/4、5/4、3/2と、ころころと変化する。左手の音形はF音から始まる一拍毎の下行を基調とし、オスティナート的な役割を担っている一方で、ソプラノの旋律は順次進行による息の長いものになっている。冒頭は全体に力強く、一方結尾は静けさに包み込まれている。それら二つの色彩が、楽曲全体に豊かな陰影を与えている。また中間部では、力強さと静けさが急激に入れ替わることで強い表現性をもたらすとともに、両端のコントラストを支える。

プログラム性についていくつか付言すると、ソ連の音楽学者ケールドゥィシは、冒頭部のバスの執拗音型がチャイコフスキーのオペラ《スペードの女王》第3幕第1場の伯爵夫人の亡霊の登場シーンに通ずると主張するとともに、終結部の和声から遠い葬送の鐘の音を聞き取っている。彼のこの論理によると、この練習曲の標題性の中心にあるのは、生と死の問題であることは間違いないという。しかし、下行音形で用いられている旋法の違いやそもそもの調性の違い(《スペードの女王》の当該部分はヘ長調である)から、この解釈を絶対視することは難しい。

第2番 ハ長調 アレグロ

この練習曲にみられるのは、徹頭徹尾同様の伴奏音形と、さらに冒頭動機の執拗な繰り返しである。このような絶え間ない反復の中で、デュナーミクや微妙な和声の変化、オクターヴの変更による音色の差異によって多彩な色合いを生み出す作曲技法は見事であると同時に、演奏者はそれを十分に変化をつけて表現することを求められる。ハ長調の楽曲ではあるが、主和音が出現するのは結尾のみで、冒頭の空虚五度が導くのは旋法的な「C-B♭-A♭-G-C」という下行旋律である。上述のケールドゥィシは、伴奏形と主題の有様に作品32-12の嬰ト短調の前奏曲との類似を見ているが、前奏曲が異なるムードの中間部をもつ一方、こちらは延々と無窮動的なモチーフが繰り返される点で、異なるアプローチを求められる作品であると言えよう。

第3番 ハ短調 グラーヴェ(遺作)

初版に収録されず、1947年の『ラフマニノフ作品全集』中に初めて収録された作品の一曲。2つの部分からなり、葬送行進曲を思わせる、重々しく確かなパトスを擁するハ短調の前半部分と、繊細な分散和音に基づき、穏やかな高揚感をもつハ短調の後半部分が鮮やかな対比をなしている。後半部の楽想は、のちにピアノ協奏曲第4番作品40第2楽章の後半部に転用された。協奏曲の完成自体は1926年だが、スケッチは1914〜17年のうちに行われていたことを考慮すると、この楽曲の撤回の理由が協奏曲へのアイディアの転用にあった可能性も否めない。

第4番 イ短調、アレグロ(欠番)

改訂の上、《音の絵》作品39第6番として再録されたため、事実上欠番。なお、2007年に出版された『ラフマニノフ・アカデミー作品全集』では、一次・二次資料に基づき、アンティーポフの手により改訂前の初稿の復元が試みられている。

第5番 ニ短調 モデラート(遺作)

初版に収録されず、1947年の『ラフマニノフ作品全集』中に初めて収録された作品の一曲。短く素朴な序奏から紡ぎ出されるように音楽が始まる。掛け合うような伴奏音形の上、短い動機による軽快ながら哀愁ある右手の主題が楽曲の中心を占める。上声部や内声部に断続して現れるレガートによる美しく旋法的な旋律は、楽曲に深みと情動を刻み込んでいる。一方で、ラフマニノフ流の複雑で分厚いテクスチャの中で、どの音符・どの旋律にスポットライトを当て、どれを陰に置くのかの繊細な感覚を求められる点で、指の機械的運動以上の難易度を求められる練習曲と言えるだろう。

第6番 変ホ短調 ノン・アレグロ - プレスト

唐突にやってきて去る激しい嵐を思わせる、重々しく無窮動的な練習曲。16分音符による上声部のパッセージも縦横無尽に鍵盤を駆け回るが、オクターヴを中心とする左手も幅広い音域を担い、軽妙さと重厚さを取り混ぜながら、ときに伴奏に、ときに旋律に現れ疾駆する。十全に弾き上げるには名人芸と楽曲解釈の両面がを要することは言うまでもない。なお、幅広い音域のカデンツによる、非常に効果的な両端部分は楽曲が完成した当初にはなく、出版までに書き加えられたもの。

第7番 変ホ長調 アレグロ・コン・フオーコ

明朗で闊達な練習曲。諧謔的な短い中間部を挟み、再び朗らかな部分へと戻っていく。練習曲としての主眼は、ppからff(しかも molto marcato)まで幅広いデュナーミクで奏でられる右手の16分音符による細かな分散和音にあると思われる。
この作品は作品33の《音の絵》のうち、レスピーギにより管弦楽化され、彼宛ての手紙でラフマニノフ本人による「構想の秘密」が明かされている唯一のものである。ラフマニノフによる「市場の場面」という語りに基づき、レスピーギはこの作品の管弦楽版に「市場」という副題を与えている。作品の晴れやかな賑々しさやメリハリのあるリズムは、市場の風景やそこにいる人々の気分を想起させることは否めない。しかし、市場のイメージに対し、ラフマニノフが創作した音楽のスケール感(例えば結尾部)はあまりに大きいようにも思える。このような点から先述のケールドゥィシは、この楽曲に市場のような小さな場面を当てはまるのは不適格ではないかと疑いの目を向けている。彼によると、「ラフマニノフによる設定が常に成功裏に終わっているわけではないし、ときにその性格に音楽自体が十分に合致していないことを認めなければならない。(変ホ長調の《音の絵》の市場の場面という設定が成功しているかについては疑わしい。音楽はもっと記念碑的で荘重な場面のイメージを表現している)」のだという。まさしくプログラムのこの不明瞭さに、ラフマニノフの「音画」を解釈する難しさがある。

第8番 ト短調 モデラート

両手にまたがって奏でられる素朴でわびしげな旋律の舟歌による主要部と、技巧的で激情に満ちたカデンツァによる中間部からなる練習曲。特に主部はチャイコフスキー《四季》に描かれているようなロシア的な哀愁を連想させる。表現の幅と劇的な構想が求められる。楽曲の旋律はほとんど順次進行からなっており、カデンツァの部分もそれを展開しただけに過ぎない。この順次進行が異なる音価で並行して進行する場面、例えば11〜12小節目は、どのように響かせるかの工夫のし甲斐がある部分と言えるだろう。なお、激しい上行音階と静かな和音が呼応する結尾については、ショパン《バラード1番》の結末との連関がしばしば指摘される。

第9番 嬰ハ短調 グラーヴェ

荘重で熱烈な掉尾。モスクワの批評家サバネーエフは演奏会でこの曲を聴き、「全音階的スクリャービン」と呼んだ。事実、旋律よりもむしろ断片的な動機や和声の響きに重きを置く作風は、友人の作曲家を想起させずにはいられない。また、強奏される序奏は嬰ハ短調の上行音階からなっている。序奏の後、ベートーヴェンの交響曲第5番のいわゆる「運命の動機」を連想させる動機を経て、激情に満ち満ちたパッセージや和音連打が空間を満たしていく。36小節目から執拗に続く半音下行は、楽曲の悲劇性をより高めている。

執筆者: 山本 明尚

総説 : 木暮 有紀子 (531文字)

更新日:2014年2月20日
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楽章等 (9)

第1番 Op.33-1

調:ヘ短調  総演奏時間:3分30秒 

第2番 Op.33-2

調:ハ長調  総演奏時間:2分30秒 

第3番 Op.33-3

調:ハ短調  総演奏時間:6分30秒 

第5番 Op.33-5

調:ニ短調  総演奏時間:2分30秒 

第6番 Op.33-6

調:変ホ短調  総演奏時間:2分00秒 

動画(0)

第7番 Op.33-7

調:変ホ長調  総演奏時間:2分00秒  Toka 課題曲チャレンジ2020:F級

第8番 Op.33-8

調:ト短調  総演奏時間:4分00秒  Toka 課題曲チャレンジ2020:F級

第9番 Op.33-9

調:嬰ハ短調  総演奏時間:3分30秒 

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