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ショパン :バラード 第1番 ト短調 Op.23

Chopin, Frederic:Ballade no.1 g-moll Op.23

作品概要

楽曲ID:462
作曲年:1831年 
出版年:1836年 
初出版社:Breitkopf und Härtel
献呈先:Baron de Stockhausen
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:バラード
総演奏時間:9分30秒
著作権:パブリック・ドメイン
ピティナ・コンペ課題曲2024:F級級

ピティナ・ピアノステップ

23ステップ:展開2 展開3

楽譜情報:27件

解説 (3)

執筆者 : 大嶋 かず路 (4230文字)

更新日:2022年7月5日
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フレデリック・ショパン(1810-1849)は生涯において4曲の《バラード》を作曲した。最初の《バラード 第1番》作品23は1831年に作曲され、これによって新しいピアノ音楽ジャンルが切り開かれた。

18世紀から19世紀中葉まで、音楽分野におけるバラードは専ら歌曲に使用される言葉であった。ショパンの時代にはシューベルト(1797-1828)の歌曲が人気を博す一方、ゲーテ(1749-1832)やシラー(1759-1805)、レーナウ(1802-1850)の詩に基づく歌曲がシューマン(1810-1856)やレーヴェ(1796-1869)らによって書かれた。器楽作品にバラードという言葉を用いたのはショパンが初めてであり、従って、ショパンはピアノ音楽におけるバラードというジャンルの開拓者として位置づけられる。

 

●語源と由来

 

フランス語のballade(バラード)と英語のballad(バラッド)は元来異なるジャンルに属するが、共に「踊る」を意味するギリシア語のballizo(βαλλίζω)、ラテン語のballareを語源とする。舞台舞踊として発達したバレエ(ballet)が共通の語源であることに示される通り、バラードもまたダンスと深く関連する。中世以降、フランスでは吟遊詩人によって詩としての形式の地位が高められた。イギリスでは14世紀にダンス・ソングとしてバラッドが歌われ、18世紀以降、旋律的な要素の強い物語詩として発展を遂げた。

 

●ロマン主義文学の先駆けとして

 

18世紀末にはドイツの詩人たちがバラードの創作に熱中し、ドイツ文学史及び音楽史に新たな境地を開いた。その立役者となったのがゲーテとシラーである。ゲーテやシラーのバラードは専制や圧政からの自由が叫ばれたフランス革命前後の社会的な風潮を映し出し、民族意識の覚醒をも促すものである。内容的な特色として、民間伝承や神話に基づき、戦争、犯罪、心霊現象、神秘体験などがリアリスティックに描かれることが挙げられる。こうした文学作品は歌曲の発展を導き、シューベルト、ツェルター(1758-1832)、レーヴェらによって多くのバラード(歌曲)が生み出された。

19世紀初頭にはドイツ語のバラードがポーランド語に翻訳され、ミツキェーヴィチ(1798-1855)をはじめとするポーランド・ロマン主義文学者たちに影響を与えた。イギリスのバラッドもまた同時期に紹介されている。これら外国の物語詩の特色を踏襲するポーランドのバラードは、他国の勢力下における屈辱的な民族の状況や愛国心などを描き出すという特徴を有する。ロシア帝国の秘密警察がミツキェーヴィチのバラードを危険視していたというのも、こうした作品の性質が故である。

 

●ショパンのバラード

 

ショパンの4曲のバラードは、ミツキェーヴィチのバラードと関連があるとされてきた。曲と詩の関連性については異論があるが、《バラード 第1番》作品23は「コンラッド・ヴァレンロッド」、《バラード 第2番》作品38は「シフィテシ湖」、《バラード 第3番》作品47は「シフィテジャンカ」、《バラード 第4番》作品52は「3人のブドリス」から着想を得たとされる。これについてはシューマンの証言に依るところが大きいが、ショパンがミツキェーヴィチの作品の音楽化を試みたとまでは断言できない。

作曲家としてのショパンの人生を概観すると、オペラや標題音楽、宗教音楽の作曲に消極的であり、ピアノによって独自のロマン主義的世界観を描き出すことにこだわったショパン像が浮かび上がる。そのようなショパンにとって、ポーランド人の心情を鋭く代弁したミツキェーヴィチの物語詩は憧れであり理想であったと考えられる。1830年に音楽家としての成功を夢見てウィーンへ出発したショパンは、当時人気のあった歴史歌劇や流行歌の旋律を用いた作品などから離れ、「偽りのない感情表現」を主要課題とするロマン主義の本道へと足を踏み入れていった。こうした中で作曲された《バラード》は「ピアノによる物語詩」という新しいジャンルの音楽であり、ショパンにとっては作曲家としての方向性を定めた記念碑的な作品である。その主たる特徴は、既に述べたバラードの本質を織り込みながら、独自の構成、形式を周到に編み出し、音楽による物語詩を完成させているという点にある。物語性を喚起する旋律の抑揚、陰と陽の明快な構成など、文学との関連性を想起させる要素が散見されることも特徴の一つである。

●バラード 第1番 作品23 ト短調

 

1831年、故郷を離れ、音楽家として独り立ちを果たすべく、ウィーンに居を定めて音楽活動を開始したショパンは、いくつかの作品の作曲に着手した。その一曲が《バラード 第1番》である。1835年、シューマンはこの曲を絶賛し、ショパンに告げた。

「あなたの全ての作品の中で、この曲が一番好きです」

するとショパンは暫し口を閉ざして考え込み、言った。

「大変嬉しく思います。実は、私もこの曲が一番好きなのです」

《バラード 第1番》は1836年に出版され、シュトックハウゼン男爵夫人に献呈された。この曲については、ミツキェーヴィチの物語詩「コンラッド・ヴァレンロッド」から着想を得て書かれたとの説がある。真相は定かではないが、当時、多くのポーランド人が共感したミツキェーヴィチの作品は、ショパンにとっても身近であり、バラードの具体像を思索するうえで影響を受けた可能性は十分にあり得る。

ショパンはここでいくつかの音楽的伝統、例えば舞曲的な要素、パストラーレなどを織り込みながら、形式的にもスケールの上でも声楽のバラードの枠組みをはるかに超えた作品としてバラードを完結させている。ショパンはまた、滞在先のウィーンで流行していたウィーナーワルツやギャロップを好まなかったとされる。大衆音楽に対するネガティヴなイメージは、ショパンを新しい芸術音楽の創造へ導いたとも考えられる。万人受けを狙わず、巷の流行や固定観念に縛られることもない――こうしたショパンの作曲姿勢は突発的な感情の起伏や抑えがたい情念の表出をも可能にし、バラードの芸術作品としての精度を高めるに至った。

と、このようにショパンのバラードには即興性が顕著であるが、それがいかに緻密に構成され、文学的、音楽的な研究の上に成り立っているか、作品自体が物語っている。

ショパンの最初のバラードの幕開けは、断固としたC音にはじまる。形式的にはソナタ形式に近い。第一声となるC音が長く引き伸ばされた後、7小節の序奏が展開する。ミステリアスな歌を思わせる音階は、奇妙な不協和音によって終止する。4分の6拍子のリズムに乗せて淡々と奏でられる第1主題は気品高く、悲壮感にあふれる。この主題については、舞曲を想起させる伴奏形態から、しばしば「ワルツ的」とも表現される(タラスキンほか)。

第1主題に続き、激的な経過部を経て、穏やかで慎ましやかな第2主題が提示される。この主題は第1主題への回帰を挟んで合計3度登場し、再現されるたびに大きく姿を変える。ここでの主題の変化は、ヴィルトゥオーゾ的な変奏とは異なる。第1主題と第2主題は交互に現れ、有機的に織り交ざりあいながら形を変え、一つの截然とした終結部へと向かう。

第1主題には第2主題ほどの劇的な変化は見られないが、断片的な再現は緊張感に満ち、コーダの直前で大きく感情を高ぶらせ、激しく躍動的な終結部の旋律へと移行する。コーダは終始緊張感を孕み、劇的な楽想を突如断ち切る小休止とかすかに響く和音が緊迫感をさらに高める。第1主題の断片、駆け上がるかのようなユニゾンの音階、オクターヴの下行音階が悲劇的な色を濃くする中、楽曲に終止符が打たれる。

●参考文献(※本文中の引用はすべてこれらの文献に基づく。)

・ショパン バラード集: New Edition 解説付(大嶋かず路 解説)、東京:音楽之友社、2014年。

・Barbedette, Hippolyte, Chopin: Essai de critique musicale, Paris: Leiber, éditeur, librairie centrale des sciences, 1861.

・Huneker, James, Mezzotints in Modern Music: Brahms, Tschaïkowsky, Chopin, Richard Strauss, Liszt and Wagner, New York, Scribner, 1901.

・Huneker, James, Chopin: The Man and His Music, New York: Dover Publications, 1966.

・Karasowski, Moritz, Frederic Chopin, Volume 2, New York: Scribner, 1906.

・Leichtentritt, Hugo, Frédéric Chopin, Berlin: Harmonie, 1905.

・Niecks, Frederick, Frederick Chopin as a Man and Musician, London, Novello and Co., 1902.

・Samson, Jim, Chopin: The Four Ballades, Cambridge: Cambridge University Press, 1992.

Taruskin, Richard, The Oxford History of Western Music: Music in the Nineteenth Century, vol. 3, Oxford: Oxford University Press, 2009.

Tomaszewski, Mieczysław, Chopin: Człowiek, Dzieło, Rezonans, Kraków: Polskie Wydawnictwo Muzyczne, 2005.

Willeby, Charles, Frederic François Chopin, London: Sampson low, Marston & Company, 1892.

執筆者: 大嶋 かず路

執筆者 : 朝山 奈津子 (2169文字)

更新日:2008年7月1日
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演奏のヒント : 大井 和郎 (2479文字)

更新日:2018年3月12日
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