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バッハ:2声のインベンション

Bach, Johann Sebastian:Invention BWV 772-786

作品概要

作曲年:1720年 
出版年:1801年 
初出版社:Breitkopf & Härtel
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:曲集・小品集

解説 (1)

執筆者 : 朝山 奈津子 (2104文字)

更新日:2010年1月1日
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「クラヴィーアの愛好者、とくにその学習希望者に、(1)二つの声部をきれいに弾きこなすだけでなく、更に上達したならば、(2)三つのオブリガート声部をも正しく、かつ、手際よく処理し、あわせて同時にインヴェンツィオをたんに得るだけでなく、それをたくみに展開し、そしてとりわけカンタービレの奏法をしっかりと身につけ、しかもそのかたわら作曲への強い関心をも養うための明確な方法を教示するところの、正しい手引き。 アンハルト=ケーテン侯宮廷楽長ヨハン・ゼバスティアン・バッハ これを完成す。1723年。」

 バッハは完成した曲集の扉に自らこのようにしたためた。《インヴェンション》と《シンフォニア》は、長男フリーデマンのレッスン用の小品を集めて改訂したものであり、その成り立ちから既に教程としての性質を持っている。しかし、ここに書かれていることの真意はいったいなんだろうか?

 バッハは音楽家を育てるのに、両手を使った鍵盤音楽の演奏技術を身に付けさせることから始めた。手の運動と結びつけることで、より自然な音楽性を習得するためである。ここで用いられるのはしかし、バロック時代特有の通奏低音、すなわち低音に対して適切な和音を右手で補充するという書法ではない。すべての声部が掛け替えのない「オブリガート」パートであり、それぞれを「カンタービレ」に演奏すべく書かれている。そして独立した各声部は、和声の中でひとつに溶け合う。厳格対位法とカンタービレ、旋律と和声。一見すると簡明な2声および3声の作品群は、実は「多様なものの統一」という16-17世紀の大きな美学的命題を負っているのだ。

 バッハのメッセージの中の「インヴェンツィオ」という言葉もまた、古い音楽の美学と作曲法に関わりがある。この語は修辞学に由来し、「着想」と訳されることが多いが、本来(「発明」ではなく)「発見」を意味する。つまり、自分が伝えたい内容にふさわしい表現を見つけだすことである。そのためには、できるだけ多くの修辞表現(フィグーラ)を学び、その配列の方法を知らなくてはならない。《インヴェンション》と《シンフォニア》はその範例として書かれており、バッハの持てる鍵盤音楽のきわめて多様な様式を見ることができる。いってみればバッハの音楽世界の縮図である。

 したがって、「インヴェンション」とは決してなんらかのジャンルや楽式を表す言葉ではない。バッハ以前のドイツの作曲家にはこれをタイトルとした曲集がいくつか見られるが、形式の上で統一や共通点はない。バッハ以降、もしも楽曲分析などで一般的な意味での「インヴェンション」という表現が用いられるとすれば、それは簡明でありながらよく整った、様式や技法の上で模範的な対位法作品、というポジティヴな文脈において、あるいはバッハの珠玉の作品へのオマージュとしてであろう。

 作曲年代は1720-23年、バッハがケーテンの宮廷に勤め、数多くの器楽曲を生み出した時代にあたる。1720年にバッハは、10歳になった長男フリーデマンのために音楽帖を作り始めた。この中に2声の《プレアンブルム》と3声の《ファンタジア》がハ長調、ニ短調、ホ短調、ヘ長調、ト長調、イ短調、ロ短調、変ロ長調、イ長調、ト短調、ヘ短調、ホ長調、変ホ長調、ニ長調、ハ短調の順で書き込まれている(ただし、3声のハ短調は欠落)。配列は調号の数に関係する。これを1723年に清書した際には、楽曲そのものを改訂したほか、配列も全音階順に改め、2声を《インヴェンション》、3声を《シンフォニア》と名づけた。

※「シンフォニア」の項もご覧下さい。

 第5番 変ロ長調 BWV 776

 主題と対主題が冒頭から同時に提示されるため、二重フーガの様相を呈す。2つの主題には、上行と下行、装飾音付きのゆったりとしたリズムと16分音符による無窮動、分散和音と順次進行といった、あらゆる対比が含まれている。そのため、あまり複雑な対位法的処理をせずとも、各動機の声部を入れ替えるだけで多彩なヴァリエーションが生まれる。奏者は更に、装飾音を自由に施して、曲の経過に独自の色づけをすることができるだろう。

 この曲がごく少ない動機のみでも単調にならない理由は、もうひとつ、模続進行を巧みに用いて形成される調推移にある。主題そのものが属音上に終止するため、Es-Durで開始したのちすぐに属調(B-Dur)へ移る。その後、冒頭の音型を通常2回のところ、左手も含めて5回繰り返すことで、c-Moll への道を開く。が、第15小節で本来オクターヴの分散和音上行を短7度にすることで、f-Moll を確保する。この手法が次の4小節でも繰り返され、一旦 b-Moll へゆく。しかしそれも、第20小節から上行へ模続するはずの冒頭動機が下行し、再び f-Moll へと押し戻されてしまう。このように中間では、安定しない短調の領域が続いたが、第24小節の跳躍を両手とも2度で多く飛ぶことで、遂にAs-Durへと抜け出し、次の提示でEs-Dur への回帰を果たす。このように、曲全体が主調を巡るドラマを織り成している。

執筆者: 朝山 奈津子

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