作品概要
作曲年:1820年
出版年:1823年
初出版社:Schlesinger
楽器編成:ピアノ独奏曲
ジャンル:バガテル
総演奏時間:15分50秒
著作権:パブリック・ドメイン
解説 (2)
執筆者 : ピティナ・ピアノ曲事典編集部
(151 文字)
更新日:2010年1月1日
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執筆者 : ピティナ・ピアノ曲事典編集部 (151 文字)
1820年から22年にかけてまとめられた。それぞれは標題こそ持たないけれど、ロマン派の性格的小品のようなスタイルとなっている。第1曲-第6曲は初期の作品と思われる。第7曲-第11曲は後期の作風で、これはシュタルケネスの《ヴィーン・ピアノフォルテ教程》として出版されたこともあって、練習曲的な性格もある。
解説 : 鐵 百合奈
(4966 文字)
更新日:2019年10月6日
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解説 : 鐵 百合奈 (4966 文字)
総説
バガテル Bagatelleとはフランス語から来た言葉で、「ささいなこと」「取るに足らないもの」という意味である。バガテルと題された作品集は、作品33、作品119、作品126と三つあり、最後の作品126のみが作曲当初からあきらかに連作として書かれた。この作品119は、先に第7~11番がシュタルケ編《ウィーン・ピアノフォルテ教程》の第三巻に寄稿されて1821年に出版され、1823年に第1~6番を加え、《11の新しいバガテル》と題してロンドンのクレメンティから現行の形で出版された(その直後にベートーヴェンに無断でパリの出版者モーリス・シュレジンガー[シュレザンジェ]によっても出版された)。加えられた第1~6番は、第6番以外は1800~1804年頃の初期の作品を手直ししたものであり、1820年頃に作曲された第6番以降の後期の作風とは大きな隔たりがある。また、第7~11番はまとめて作曲されて寄稿された経緯から、一種の連作と見ることができるだろう。実際、独立した作品として聴くよりも通奏した時に真価を発揮する曲がいくつか含まれており、例えば第7番は前奏曲のような性格を有し、第10番は演奏時間15秒ほどで駆け抜け、曲集の中でスパイスの役割を果たしている。また、第7番と第8番は共通の旋律の断片を有し、その断片は第11番で拡大されて現れており、ベートーヴェンが後期で用いた「変容の技法」が使われている。前半は初期の才能の閃きと気勢に溢れ、後半は後期の幻想と浪漫に満ちる。その融合が美しい[1]。
各曲の解説
第1番 Op.119-1 ト短調
Allegretto やや快速に
複合三部形式。主部は8小節の楽節を繰り返す簡素なものだが、神秘的でもある。気だるげな付点リズムのアウフタクトで始まり、左手の重音と共に垂れ下がるように下行する。その後大きくアルペッジョで伸びあがるものの、また諦めるように下行していく。中間部(第25小節目〜)は長3度下の変ホ長調に転じ、同じく下行する音型を中心としながらも、優しさと歌心に溢れた曲想。コーダは前楽節2+2+2の6小節、後楽節2+3+2の7小節という奇数構造になっている。「字余り」となった1小節分は、曲の1番最後の小節(第74小節目)が意味深く付加されることによって偶数に収まる。
第2番 Op.119-2 ハ長調
Andante con moto 歩く速さで、動きを持って
A+B+A'+コーダの三部形式。短い曲の中で、光の色合いがプリズムを通って自然に移り変わっていくような転調が魅力的。A部分は前楽節の4小節を終えると、後楽節ですぐにイ短調に陰り、B部分(第9小節目アウフタクト〜)はト長調である。A部分の再現では後楽節が拡大され、コーダ(第32小節目〜)が1拍分食い込んで入ってきてフレーズが交差する構造が面白い。
この曲の旋律はピアノ三重奏曲第3番作品1-3の第2楽章(変ホ長調)に瓜二つであり、書法も最後の8小節間によく似ている。8分音符をピアノ、3連符の細かい音は弦楽器(高い音域はヴァイオリン、低い音域はチェロ)と思って、親密な会話をするように演奏されたい。
ピアノ三重奏曲第3番作品1-3の第2楽章(変ホ長調)の最後の8小節
第3番 Op.119-3 ニ長調
à l'Allemande アルマンド風に
アルマンドはフランス語で「ドイツ風」を意味する。16世紀頃フランスの宮廷で成立した、アウフタクトで始まる多声的な様式の、中庸のテンポで奏される4拍子系の舞曲。
この第3番は8分の3拍子だが、1小節を1拍と捉えれば、4小節で1まとまりとなっているため、4拍子系というアルマンドの特徴を踏襲している。また、アルマンドは1拍を3分割する特徴も有しており、1小節=1拍の捉え方はアルマンドの性質に見事に合致している。構成はA+B+A+コーダの三部形式。A部分は、優雅な右手のアウフタクトから始まり、左手が対位法的に重なるが、対位法部分は展開されず、アウフタクト部分をくり返すのみで終わってしまう。まるで「あのね、あのね、…」と、話をなかなか切り出せない幼子のよう。B部分はむしろクーラント(16世紀頃アルマンドとカップリングされていた、拍が3分割される速い舞曲)の雰囲気を持ち、流暢に喋る。
第4番 Op.119-4 イ長調
Andante cantabile 歩く速さで、歌うように
三声による対位法で書かれ、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロの弦楽三重奏を彷彿とさせる。ベートーヴェンは弦楽三重奏曲を5曲(ヴァイオリン2挺とチェロによる編成のものも含めると6曲)、1794年から1798年にかけて書いており、この第4番が作曲された年代(1800年~1804年)に比較的近い。三声体は、弦楽三重奏の響きを念頭に書かれたのではと想像しても、あながち的外れではないだろう。
構成はシンプルな二部形式。上声が素朴な民謡風の旋律を歌い出すと、中声が6度で調和し、続いて低声も対旋律を奏でる。後半は中低声が支えるハーモニーの上で、上声が無邪気に遊ぶ。日常生活でふと見上げた空に心を洗われるような、ささやかな幸せがあたたかく掬いとられている。
第5番 Op.119-5 ハ短調
Risoluto 決然と
二部形式+コーダ。塊を打ち付けるような左手の和音連打の上で、苛烈な短前打音をともなう右手の分散和音が、付点のリズムで鋭く奏される。フレーズの切り替わる部分左手の合いの手の16分音符も、刃を薙ぐ(なぐ)ような激しさを持つ。コーダは、フレーズ末尾の素材(第8小節目)を、まるで何かを言い切る様子で、緊張感にみなぎった休符をはさんで三度繰り返した後、堰を切るように大きな音程の跳躍を含む楽想をsfで厳しさを増しながら駆け抜ける。
ベートーヴェンのハ短調作品には、このような激烈な情動をあらわした曲が多く、この第5番もそのひとつである。この頃書かれた初期のハ短調作品には、ピアノ・ソナタ第5番ハ短調10-1(1798年)、ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」作品13(1799年)などがあり、共通する性格を持っている。
第6番 Op.119-6 ト長調
Andante 歩く速さで - Allegretto やや快速に
1820年~21年頃に書かれ、第5番までの初期の作風とはがらりと変わって後期の作風となる。序奏(Andante部分、4分の3拍子)は幻想に満ち、カデンツァ風である(ピアノ・ソナタ第28番以降の後期ソナタの緩徐楽章の雰囲気に似ている)。
第7小節目から始まる主部(Allegretto部分、4分の2拍子)は“leggiermente (leichtlich vorgetragen)”「軽やかに(軽々と演奏して)」と指示され、淡い想いやとりとめのない思考がするすると流れていくよう。
繰り返される同一のリズムと、ひたすらに続くタイによって小節線や拍感の感覚が希薄になっていく。構成感や主張は影を潜め、自己と対話するような思索が流れ続ける様式は、後のロマン派のシューマンなどの作風に通ずるものがある。第40小節目で8分の6拍子に変わるが、“l’istesso tempo (dieselbe Bewegung)”「1拍の長さを変えずに同じ速さで(同じ動きで)」と指示されており、拍子の変化を気付かせないようにグラデーションのごとく弾くと良いだろう。
第7番 Op.119-7 ハ長調
Allegro, ma non troppo 快速に、しかしはなはだしくなく
演奏時間1分程度の、即興的な曲。何かのソナタの一部の楽想として書き付けたが不採用にしたものなのでは、と筆者は想像している。もしくは、この曲のトリルの発想が成熟し、ピアノ・ソナタ第32番のラストの感動的なトリルにつながったのかもしれない。
空気を震わせるトリルをともなう旋律の断片が木霊(こだま)するように4度繰り返され、第5小節目の終止形も、第6小節目でバスが木霊している。第7小節目からは“scherzando”「諧謔的に」とあり、気まぐれな楽想がカノン風に追いかけあい、いたずらっぽくおどける。第15小節目から再び幻想的な冒頭のトリルと木霊がpから徐々にcresc.し、音量の増幅にしたがって右手の音価が細分化されつつ昇っていき、ついに夢から覚醒したかのようなffの分散和音で駆け下りたところで曲が終わる。前奏曲の性格を有していると捉えることもできるだろう。短いけれども深い。
第8番 Op.119-8 ハ長調
Moderato cantabile 中庸の速さで、歌うように
秀逸な短編小説のような小品で、いくつもの多彩な要素や複雑な素材が盛り込まれていながら、品よくまとめられている。前半(第1~8小節目)は“molto ligato”「極めて滑らかに(ベートーヴェンはlegatoをligatoと書いた)」で、半音階的にせり上がる。弦楽四重奏の音色を想像しながら、なるべく音を保持して、打鍵時のアタックを感じさせないように弾くと良いだろう。第9~12小節はコラール風の響きがあり、広い空間を感じさせる。第13小節目からは、前曲(第7番)の木霊する断片的な旋律が見え隠れする。第17小節から最後にかけての4小節間は、左手が三度の重音で登っていき、右手がそれを引き受け、微笑んで収まる。
第9番 Op.119-9 イ短調
Vivace moderato 生き生きとしたモデラート(中庸の速さ)で
発想表記は、初版によれば自筆譜には“vivace assai ed un poco sentimentale”「極めて速く、そして少し感傷的に」と書かれていたという。演奏時間40秒ほどの小品。構成はシンプルな二部形式で、左手は曲を通して舞曲風の伴奏形を奏でる。右手は分散和音で上行して順次進行で下行する旋律を繰り返す。pで始まり、上行時にはcresc.を意味する松葉が付され、期待が膨らむが、下行の後はまたpにもどり、自信をなくして期待を諦めるよう。第7小節目では、裏拍である3拍目がf、第8小節目1拍目ですぐにpになっており、情緒不安定な様子がうかがえる。後半の4小節間(第9~12小節)は、迷う心が浮遊するよう。曲の最後もやはりfの後pとなり、意気消沈して終わる。
第10番 Op.119-10 イ長調
Allegramente 快活に速く
僅か15秒程しか演奏時間を持たない小品。もはや断片というより、変奏曲のなかの一変奏のような雰囲気の曲である。飛び跳ねながら歌う右手の重音に、左手が裏拍の合いの手を入れ続ける。ひたすらシンコペーションが続くため、ゲシュタルト崩壊してしまいそうになるが、最後の小節(第13小節目)で初めて左右が拍頭で揃い、拍の迷路から脱出できる。
第11番 Op.119-11 変ロ長調
Andante, ma non troppo 歩く速さで、しかしはなはだしくなく
Innocentemente e cantabile 無邪気に、そして歌うように
天使たちの合唱のような、崇高な曲。純真なコラール4小節をリピートした後、第5小節目からの第2部分はヘ長調(属調)に転調し、優しいほのかな香りと、懐かしい心地を感じる。第9~10小節の16分音符は、pからさらにdim.してppになり、祈りが天に昇ってゆく。第11小節目から第3部分となり、molto cantabile(とても歌うように)と念押しのようにカンタービレが再度指示される。この箇所は弦楽的な響きを想像させる(右手の高音はヴァイオリンの泣きそうな切ない音色に似合うだろうし、左手の8分音符の重音もヴィオラとチェロで奏すると温かく優しい空気を醸し出すだろう)。また、この旋律は第7、8番で現れた木霊(こだま)のメロディーの断片の音価を2倍にし、変容させたものである。コーダの4小節間(第19小節目~)は再びコラール風の響きに戻り、慈愛に満ちた静かな終わりを迎える。
[1] 楽譜は、Breitkopf社の旧全集を使用。
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