アルベニスは30歳半ばからパリに定住し、ダンディ、ショーソン、フォーレ、デュカスなど、フランスの大家との交流を深めながら、作曲の技法を洗練させていった。そして、45歳(1905~09年にかけて作曲)で作曲を開始したこの組曲《イベリア》において、アルベニスは作曲家としての到達点をむかえたといえる。洗練された技法に、スペイン情緒あふれる感性が加わることによって、独創性あふれる最高傑作となっており、ドビュッシーや、メシアン、グラナドス、ファリャなどもこれを絶賛した。
4巻12曲からなり「12の新しい印象(12 nouvelles "impressions")」という副題がつけられている。南スペインへの郷愁や、賛美の念とともに、その音楽を世界へ届けたいというアルベニスの願いがこめられている。
組曲《イベリア》は、独特のピアニズムや、複雑な記譜などから、難曲中の難曲の一つとしてよく知られている。アルベニスの門下ブランシュ・セルヴァは、全曲の初演に成功し、この曲の普及に貢献した。全曲演奏時間は約1時間20分。
全4巻
第1巻 1.エヴォカシオン / "Evocacion":タイトルは、「記憶、心象、情感」などの意。舞曲形式は、ファンダンギーリョ(小ファンタンゴ)である。スペイン特有のコプラという民謡的な詩歌が、中間楽句に用いられている。
第1巻 2.港(エル・プエルト) / "El puerto":サンタ・マリーア港をさしている。3つの舞踊形式ポーロ、ブレリアス、セギリヤ・ヒターノのリズムが生かされているといわれている。踊り手の靴音、明朗な歌声など活気あふれる港の様子が、リズミカルに描かれている。
第1巻 3.セビリヤの聖体祭 / "El Corpus en Sevilla":大太鼓の伴奏とともに、聖体祭の行列が荘重に通り過ぎていく。有名なスペイン民謡《ラ・タララ》の旋律が用いられている。また、民衆によって即興的に歌われる宗教歌、サエータも聴かれる。
第2巻 4.ロンデーニャ / "Rondena":ロンデーニャは、ファンタンゴの変種とされる舞曲。8分の6拍子と、4分の3拍子が交互に歌われ、独特の雰囲気をうみだしている。
第2巻 5.アルメリア / "Almeria":グラナダの南東に位置する海港の名である。この町に特有の、タランタスという旋律をもつ舞曲のリズムや、コプラ(唄)が用いられている。
「小ペダルを用いて。この作品はやわらかく、放逸に、ただし十分にリズミカルに弾くこと」。
第2巻 6.トゥリアーナ / "Triana":タイトルはセビーリャにあるジプシー居住地の名前である。パソ・ドーブレ(2拍子)と、マルチャ・トレーラ(闘牛場の行進曲)のリズムが用いられている。軽やかな第一主題、風情に富んだ第二主題をもち、色彩豊かで魅力的な作品。単独で弾かれることも多い。
第3巻 7.エル・アルバイシン / "El albaicin":ドビュッシーは、「この曲に匹敵しうる楽曲は世の中に数えうるほどしかない」と賞賛した。タイトルは、古都グラナダにある地区の名前。ギター的な弾奏が印象的で、情熱を帯びた旋律は哀愁をさそう。
第3巻 8.エル・ポーロ / "El polo":タイトルは、アンダルシアの民族舞曲。アルベニスによると、「嗚咽する気持ちで」演奏する。軽快なリズムにのせて、旋律が情熱的に歌われる。
第3巻 9.ラヴァピエス / "Lavapies":タイトルは、マドリードにある下町の名。
チューロ(伊達男)とマハ(粋な女)の踊りが描かれている。三連音符が多用により、独特の律動感がうみだされている。和声的な工夫もみられ、メシアンが特に賞賛した作品。
第4巻 10.マラガ / "Malaga":タイトルは、アンダルシア随一のリゾート都市。哀愁をおびた主題と、マラガ固有の舞曲マラゲーニャの歌、この二つの主題が交互に登場し、発展する。フリギア調による。
第4巻 11.ヘレス / "Jerez":タイトルはセビーリャの南に位置するの町の名前で、ブドウの名産地としても有名である。イベリアの中では唯一の調号がつけられていない曲。冒頭16小節にはみられなかった臨時記号が次第に加えられ、民族的な様相をみせる。調性が魅力的な一曲。基本的にはホ音を中心とするフリギア調でかかれている。
第4巻 12.エリターニャ / "Eritana":ドビュッシーは「あまりに豊かなイメージに、くらんだ目を思わずとじてしまうほどだ。」と賞賛した。舞曲セビリャーナのリズムの変化、鮮やかな転調など、非常に高度な洗練がみられる。スペイン情緒豊かな作品。