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スクリャービン :ピアノ・ソナタ 第8番 Op.66

Scriabin, Alexander:Sonata for Piano No.8 Op.66

作品概要

楽曲ID:2544
作曲年:1913年 
出版年:1913年 
初出版社:Jurgenson
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:ソナタ
総演奏時間:11分50秒
著作権:パブリック・ドメイン

ピティナ・ピアノステップ

23ステップ:展開1 展開2 展開3

楽譜情報:2件

解説 (1)

解説 : 山本 明尚 (1789文字)

更新日:2020年6月13日
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作曲経緯

1912年の冬、スクリャービンはピアノ・ソナタ第8・9・10番に一挙にとりかかった。第8番は1913年6月、3曲の中で最後に完成した曲で、番号こそ若いもののスクリャービンの10曲のソナタの掉尾を飾っている。楽譜は1913年にユルゲンソーン社によって出版されたが、スクリャービンが生前に自作自演により初演を果たした9番と10番のソナタと異なり、公開初演はスクリャービンの死後、露暦1915年11月5日(西暦18日)に彼の信奉者・支援者で友人のベークマン=シシェールビナによる演奏を待たなければならなかった。

つまり、スクリャービンは公でこのソナタを弾かなかったことになるが、この曲への愛着は強く、自宅に集まった仲間たちに向けてしばしば断片を披露しながら楽曲解説を行ったという。作曲者本人がこの楽曲を演奏しなかった理由は、1913年時点からすでに着目されていた巧みな対位法による楽曲の複雑さ、そして展開部における各動機の綿密な発展などにより生み出された長大さ(全499小節にもわたる)にあるのではないかと推測されている。また、全体として暗い色彩を帯びている曲調や、第79番のコーダ、第10番の展開部のような壮大なクライマックスの欠如なども加わってか、今日においてもスクリャービンの10曲のソナタの中でも最も演奏機会に恵まれない曲である。その一方、ストラヴィンスキーが本作を評して語った言葉を借りれば、「比類なき」和音の響きの美しさ、色彩の移り変わりの妙技、様々な素材の組み合わせによる密度は、味わえば味わうほど本曲の魅力に気づかせてくれるだろう。

よく知られているように、彼は最晩年、自身の哲学的・美学的信念や音楽語法の集大成となる畢生の大作《神秘劇(ミステリヤ)》を構想し、その序章となる長大なオラトリオ・交響曲的〈序儀〉のスケッチに取り掛かっていた。1915年に43歳でスクリャービンが世を去ると、《神秘劇》は〈序儀〉の断片的なスケッチのみが残された。ピアノ・ソナタ第8番は、2つの前奏曲作品67、2つの詩曲作品69および712つの舞曲作品735つの前奏曲作品74と同じく、スケッチから素材が取られて作曲された楽曲である。そういった意味で、この楽曲は最晩年のスクリャービンの遠大な構想を強く反映した作品となっている。

内容

第6番以降の後期ピアノ・ソナタの例にもれず、本作にも調号が欠けており、伝統的な調性から一歩先へと歩みだしたスクリャービンならではの和声語法が全面的に押し出されている。一方、構造に関してはそれまでに培われてきた伝統的なソナタ形式の枠組みを保っている。なお、本作では他の後期ソナタに見られた標題的な指示は極限まで抑えられているが、本作の内容が、スクリャービンの思想の集大成の一つである交響詩的〈序儀〉のスケッチに通じていることを考えると、このことは興味深い。

楽曲は緩やかなテンポによる序奏で始まる。ここで提示されるのは主に4つの動機である(①1小節目の広い音域により提示される和声の最上声、②3小節目の冒頭中声部で奏でられる、波立つような旋律、③4小節目の4連符からオクターヴ+三全音の和声に至る音形、④5小節目の低音部に出現する8分音符+長い音価による和音進行)。これらの4つが対位法的に組み合わされながら展開する。

アレグロ・アジタートの提示部でまず示されるのは、④の動機と並行4度の下行音形と、のたうつような息の長い旋律とが交代する第一主題。その後、「悲劇的に Tragique」と示された箇所から、②の動機の拡張による第二主題が始まる。序奏が対位法的に綿密に組み上げられていたのに対し、提示部は右手の旋律、左手の伴奏によって組み立てられている。

122小節から320小節にまで及ぶ長大な展開部は、それまでに出現したあらゆる主題・動機が惜しむことなく運用されており、緩急を交えながら非常に緻密に構成されている。

展開部最終盤のファンファーレ的な連打ののち、再現部に入る。二つの主題が順に再現されるが、どちらも提示部とは異なり、多声的で複雑なテクスチャによって構築し直されている。429小節のピウ・ヴィーヴォから非常に軽快で目まぐるしいコーダへ突入し、次第に速度を速めながら、88鍵ピアノの最低音のAを含んだ幅広い和音により、美しい残響を残して終結する。

執筆者: 山本 明尚

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