総説
シューベルトは、1810年から1813年にかけて弦楽四重奏曲、1813年から1816年にかけて交響曲に集中して取り組んだ後、1817年をピアノ・ソナタの創作に捧げた。初めてのピアノ・ソナタを1815年に作曲し、1817年になって更なる試行錯誤を重ねたという事実は、他のジャンルと比べ、シューベルトがピアノ・ソナタに取り組み始めたのが遅かったことを示している。いずれにしても、本楽曲は1817年の「ピアノ・ソナタの年」の幕開けを飾る作品である。
なお、本楽曲は「ピアノ・ソナタ第4番」として知られているが、自筆譜には「第5ソナタ(5te Sonate)」と作曲家自身によって記されており、番号の不一致の理由は明らかでない。想定されるのは、①現在ではソナタ第1番(D 157)の異稿あるいは作曲過程と考えられるD 154を1つのソナタと数えた可能性、②別のソナタが書かれたが現在までに消失した可能性、③「第1番」と作曲家自らが記したD 279を第1番として、1816年に成立した3つのヴァイオリン・ソナタ(D 384, 385, 408)を第2~4番と数えた可能性である。
本楽曲は、イ短調に始まりイ短調で終わる調構造や、自筆譜において第3楽章末尾に「Fine」と書き込まれていることから、3楽章で完結したソナタと捉えられる。
各曲解説
第1楽章:アレグロ・マ・ノン・トロッポ、イ短調、8分の6拍子
ソナタ形式を取る。冒頭、フォルテでイ短調の主和音によって幕を開けると、属九の和音に向けてpからクレッシェンドする。この前楽節は3小節から成り、属九の分散和音による後楽節2小節に続いて、主題が再度提示される。主題の不安定な性格は、デュナーミクの幅のみならず、3小節+2小節という不定形の拍節構造によっても打ち出されている。主題の再提示以降はイ短調に留まらず、提示部の時点で遠隔調へと幾度も転じる。
総休止によって区切られた後、ヘ長調で第2主題が提示される(第28小節)。平行調ではなく、長三度下の長調を第2主題に選ぶことは、シューベルトにとって決して規則違反ではなかった(例えば《未完成交響曲》D 759を参照)。両主題は、強弱の点や性格の点でコントラストをなしている。
提示部末では動機の反復によって転調が重ねられ、これにより展開部が導入される(第73小節)。展開部も総休止によって2つの部分に区切られており、シャープを持つ調で始まり、強音で勢いのある前半部と、フラットを持つ調で始まり、弱音で抒情的な後半部との対比が特徴的である。
展開部がニ短調の半終止で閉じると、総休止の後、第1主題がニ短調で回帰する。下属調による再現は、モーツァルトのピアノ・ソナタハ長調K. 545第1楽章で有名だが、すでにシューベルトはピアノ・ソナタ第2番D 279や第3番D 459でもこの手法を用いている。5度上の調へと進行した提示部の調関係を利用して、第2主題はイ長調で回帰し、冒頭動機がコーダとして顔を覗かせて幕となる。
第2楽章:アレグレット・クアジ・アンダンティーノ、ホ長調、4分の2拍子
16小節のルフラン(反復部)が、2種類のクープレ(挿入部)を挟んで何度も回帰するロンド形式を取る。ホ長調で提示される長閑な楽章冒頭の主題では、右手がレガート、左手がスタッカートで奏される。第17小節からはハ長調で、十六分音符による流れるような1つ目のクープレが現れる。第43小節で回帰するルフランはヘ長調を取り、伴奏リズムが先のクープレの十六分音符を引き継いでいる。第59小節から2つ目のクープレが現れ、ニ短調でマーチ風の八分音符の伴奏を取る。第115小節からルフランが主調で回帰する。ここではまた別の伴奏形を取り、14小節の結尾部を伴って幕となる。
なお、本楽章のルフランの旋律は、後にピアノ・ソナタD 959第4楽章の主題として再び用いられることになる。
第3楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ、イ短調、8分の3拍子
A-B-C-A’-B’-C’-A’’-Codaという循環する形式を取り、各部は総休止によって区切られている。まず、音階のユニゾンによって、冒頭主題(A)がイ短調で提示される。この主題は常に半終止で宙づりになって切れ切れに奏される。これに続き、イ長調で動きのある新たな主題(B)が現れ(第31小節)、第59小節からドルチェで新たな主題(C)が提示される。この主題Cはニ長調で始まるが、途中でホ長調の中間部を挟んだ後、ホ長調のままC主題が再び現れる。第164小節からは、それまでに提示されたものが別の調で再現される。冒頭主題はホ短調、主題Bはホ長調、主題Cはト長調に始まりイ長調に転じる。これに続き、主調であるイ短調で冒頭主題が短縮して回帰すると(第310小節)、強弱のコントラストに満ちたコーダが現れ、イ長調で曲を締めくくる。