作品概要
解説 (3)
執筆者 : 大嶋 かず路
(2846 文字)
更新日:2022年3月3日
[開く]
執筆者 : 大嶋 かず路 (2846 文字)
フレデリック・ショパン(1810-1849)はスケルツォと題する単独の作品を生涯において4曲書き残した。《スケルツォ 第1番》ロ短調作品20、《スケルツォ 第2番》変ロ短調作品31、《スケルツォ 第3番》嬰ハ短調作品39、《スケルツォ 第4番》ホ長調作品54である。
スケルツォ(Scherzo:諧謔曲)は冗談、ユーモアなどを意味するイタリア語を語源とする。音楽史においては、1780年代以降、交響曲や室内楽曲など、多楽章形式の楽曲の中間楽章に用いられるようになった。
スケルツォの音楽的な特徴は4分の3拍子や軽快なテンポなど、従来中間楽章に頻繁に挿入されたメヌエットの特徴を踏襲することが挙げられる。多くの場合A-B-Aの3部形式もしくは複合3部形式で書かれ、中間部のトリオには前後の楽想と対照的な旋律が用いられる。こうした伝統に倣って、ショパンもまた《ピアノ・ソナタ 第2番》作品35、《ピアノ・ソナタ 第3番》作品58、《ピアノ三重奏曲》作品8などにスケルツォを挿入した。
これらに加えて、ショパンはスケルツォを単独の作品として完成させることを試み、ピアノ音楽の歴史に新たな境地を切り開いた。言うなれば、スケルツォはショパンによって一個のピアノ作品として構想され、芸術作品として完成した音楽ジャンルの一つであるといっていい。
4つのスケルツォは、速いテンポと4分の3拍子、3部形式などを基本構造としているが、形式はより複雑であり、ソナタ形式に近いものもある。感情的、情緒的な表現や、高度な技巧を要求することもまた、主たる特徴の一つである。
ショパンはこれらスケルツォの具体的な意味や理念について、明確に述べてはいない。しかし、そのタイトルと「陰と陽」の明確な楽曲の構成に、19世紀当時の文学的、芸術的な傾向とのつながりが垣間見られる。
18世紀末期、ヨーロッパでは絶対主義に基づく従来の体制への不満が高揚し、「自由」への覚醒が起こった。表現の場においても革新的な活動が盛んとなり、文学の場では愛や理想、失望、幻滅などの感情を自由に、露骨に表現した作品が書かれるようになった。ユーモアや諧謔を定義づける試みもまた、このような中で行われた。
ユーモアの意味については、ヨーロッパ各国の文学者らが様々な見解を述べている。例えば、ドイツの作家ジャン・パウル(1763-1825)は次のように述べる。
「ユーモアにとっては、個々の愚かさとか、一人びとりの愚人といったものは存在せず、愚かさ及び愚かな一世界が存在するのみである。(……)人間が、この世ならぬ世界からこの世をながめおろせば、この世は、みみっちく、あだにうごめいている。ユーモアがやるように、小さなこの世を尺度にして、無限の世界を測り、それと小さな世界とを結びつければ、笑いが生じ、この笑いのうちには、やはりある苦痛と、ある偉大さとが存在している」
相反する二つの感情もしくは二つの次元の狭間で泣き笑いする人間は、ロマン主義時代の諧謔の主要なテーマの一つである。それは、神の示した美の世界を傍らに、欲にまみれた現実世界から抜け出すことのできない人間に対する強烈な皮肉でさえある。
これらの言葉は、ショパンのスケルツォを理解する上で、大きなヒントとなるだろう。ショパンが誰よりも深く文学者たちの思索した諧謔の理念を理解していたことは、4つのスケルツォが証明している。
《スケルツォ 第2番》変ロ短調は1837年にパリで作曲され、同年に出版された。この頃、ショパンはマリア・ヴォジンスカ嬢(1819-1896)との恋愛とその破局という苦悩の中にあった。音楽家としては成功を収めており、ピアニスト、作曲家、音楽教師として多忙なときを過ごしていた。こうした中で作曲された《スケルツォ 第2番》はショパンの作品の中でも最も有名であり、演奏される機会も多い。ショパンの弟子ヴィルヘルム・フォン・レンツ(1809-1883)はショパンの愛弟子カール・フィルチ(1830-1845)が巧みにこの曲を演奏する姿を目にし、「魂が奪われるような曲」と表現した。シューマン(1810-1856)はまた、「バイロン卿の詩に匹敵するほど、優しく、大胆で、愛情深く、また軽蔑的な曲だ」と述べる。
この作品の特徴は、ショパン独自の移り気な感情表現に富んでいるという点にある。囁くような序奏、穏やかな音調の中に突如発現する激情、瞑想と覚醒など、相対する感情が転調や急速なパッセージによって鮮やかに表現される。
プレスト、4分の3拍子。レンツは、変ロ短調の冒頭のユニゾンのアルペジオとその対句は「問い」とそれに対する「ニヒルな答え」であると述べる。ミステリアスで感情的な「問いと返答」に続き、八分音符が素早い下行と上行をffとppで交互に奏で、変二長調の華やかな主題が展開する。con animaとショパンは敢えて指示をしているが、左手の奏でる軽快な伴奏に乗せて奏せられる主題は優雅なだけではなく、美しい生彩や胸の踊るような喜びをも感じさせる。
中間部では一転して、イ長調の神秘的な楽想が展開する。華やかで躍動的な提示部とは対照的である。この中間部についてライヒテントリットは「穏やかな森の湖の鏡のように輝くエメラルドグリーン」と表現している。ここでは瞑想的な旋律に続き、シシリエンヌ、ワルツなどの要素が順次出現する(トマシェフスキ)。これらが反復されたのち、曲想は突如、劇的に変化する。冒頭で華々しく、優雅に示された旋律は激高するかのような激しさを帯びて再現され、謎めいた序奏へと回帰する。コーダでは第1主題部の下行音型が変化した形で熱烈に反復され、高音のFが華々しく終曲を告げる。
参考文献(※本文中の引用はすべてこれらの文献に基づく。)
・ショパン スケルツォ集: New Edition 解説付(大嶋かず路 解説)、東京:音楽之友社、2015年。
・Huneker, James, Chopin: The Man and His Music, New York: Dover Publications, 1966.
・Leichtentritt, Hugo, Frédéric Chopin, Berlin: Harmonie, 1905.
・Tomaszewski, Mieczysław, Chopin: Człowiek, Dzieło, Rezonans, Kraków: Polskie Wydawnictwo Muzyczne, 2005.
・Willeby, Charles, Frederic François Chopin, London: Sampson low, Marston & Company, 1892.
・The 18th Chopin Piano Competition/Compositions https://chopin2020.pl/en/compositions
執筆者 : 朝山 奈津子
(2244 文字)
更新日:2008年7月1日
[開く]
執筆者 : 朝山 奈津子 (2244 文字)
ショパンがピアノ曲に用いたスタイルを観察する方法は幾通りもあるが、抒情的なものと物語的なもの、という分類がひとつ可能だろう。前者の代表は《ノクターン》、《マズルカ》であり、後者の典型が《バラード》と《スケルツォ》である。
抒情的な構成において各フレーズや音型は羅列的で、その連結がきわめて緩やかであるのに対し、物語的な構成では、1曲の中にいわば起承転結を感じることができる。なぜ明確なドラマ性が生じるかといえば、まず、和声の進行が明解で、とりわけドミナント-トニック(転から結へ進む部分)の定型がよく守られるからである。また、各動機は変奏や転回、反復、拡張などの手法を用いて発展することもあり、ヴィーン古典派のソナタのような労作はなされなくとも、複数の主題が複雑に組み合わされて曲が作られている。
つまり、《バラード》、《スケルツォ》、《舟歌》、《ボレロ》など物語的構成を持つ作品では、ダイナミックでドラマティックな、始まりから終わりへ必然をもって突き進むような音楽的時間が生み出されるのであり、こうした要素が鑑賞上のポイントとなっている。(蛇足ながら、抒情的な作品では、わずかずつ変容しながらも留まり続け、戻りも進みもそれほど明確でない、いわば音楽的空間の中に、鑑賞者の耳を遊ばせることになる。)
さて、では、各4曲が残されている《バラード》および《スケルツォ》の違いはどこにあるのか。
これらがジャンルとしてショパンの創作の中で隣接していることは、音楽を見れば何より明らかである。しかも、両ジャンルを形式から明確に区別することはほとんどできないように思われる。ひとつには、これがショパンに固有のジャンルであるからで、それぞれが由来すると思われるジャンルの伝統を調べても、両者を結びつけるものは出てこない。しかし、音楽の外形からは区別できなくとも、それぞれの音楽内容、いわば物語の内容はやや異なっている。
《スケルツォ》はイタリア語で「冗談」を意味し、従来は簡明な形式で明るく軽く小規模な曲を指した。ベートーヴェンがメヌエットに代えてソナタの第3楽章に取り入れた時も、やはり極めて急速でユーモアに富んだ性格が与えられた。ショパンの《スケルツォ》は、一見するとこうした伝統にまったく反し、暗く深刻なうえに大規模である。だが、《バラード》と比べてみると、《スケルツォ》がいかにユーモアを内包しているかがよく判る。4つの《スケルツォ》にはいずれも、きわめて急速でレッジェーロな動機がひとつならず登場し、随所で「合いの手」を入れている。また、各部で激烈なまでの音量のコントラストが指定されている。
こうした手法が《バラード》にはほとんどない。各動機、各音は前後のしがらみに囚われており、逸脱を許されない。沈鬱な主題が次々と現われ、それらは鬱積して怒濤をなし、ついには破滅的な終末を迎える。《スケルツォ》が軽妙な音型や滑稽なまでのコントラストでこの種のストレスを解消するのとは、対照的である。
なお、《バラード》4曲はすべて複合2拍子、《スケルツォ》は3拍子で書かれており、これが唯一の外形的な特徴といえなくもない。が、《スケルツォ》は全篇を通じてほとんどが2小節で1楽句を作るため、やはり2拍子の強烈な推進力を内包している。
《スケルツォ》はA-B-Aの形式をとる。これはハイドンやベートーヴェンが用いたメヌエット楽章の代替としてのスケルツォを踏襲している。しかし、A部分には2つの対照的な主題が現わること、A部分の後半は前半部分のほぼ完全な反復となっていることから、ソナタ形式を志向することが見て取れる。さらに、ストレッタを含む華々しいコーダが曲の規模をさらに増し、格調を高めている。
このようにみると、ショパンの《スケルツォ》は、ベートーヴェンが完成させたピアノ・ソナタの第3楽章の格式を継ぎ、これを敷衍したものと考えることもできる。一方、自身の《ピアノ・ソナタ》第2番および第3番においてはヴィーン古典派の伝統から一歩を踏み出し、スケルツォを第2楽章に置いた。特に第2番Op.35では、複数主題を持つ規模の大きなスケルツォが用いられている。ショパンはおそらく、キャラクターピースとして《スケルツォ》を書き、そのように命名したのではない。むしろ、彼自身のソナタへの布石だったのである。
第2番は、ショパンが真摯な、あるいは深刻な作品に好んで用いた変ロ短調で開始するが、常に一抹の明るさを保っている。コーダでは、平行調の変ニ長調に転じ、そのまま華やかに終止する。
この曲が明るさを失わないのは、冒頭のユニゾンによる三連音符、第2主題直前の半音階をまじえたスケール、第2主題結尾の走句、中間部では「最大限に繊細に delicatissimo」の指示のある右手の分散和音など、ふんだんに細かな装飾的動機が挿入されるからである。しかしこれらは、単なる技巧誇示の手段に使い捨てられることはなく、精巧な動機労作のパーツとして機能する。すなわち、あらゆる動機や音型が他の部分の主題と何らかの関連をもっている。そのため、800小節に迫る長大な楽曲でも散漫にならないのである。
しかし、両端部分で第1・第2主題が完全に反復されるにも拘わらず聴く者を決して飽きさせないのは、その旋律の比類ない美しさに負うところが大きいのも、また確かである。このいささか執拗な反復は、天才的メロディーメーカーとしてのショパンの自負と自信の表れであろう。
演奏のヒント : 大井 和郎
(1254 文字)
更新日:2018年3月12日
[開く]
演奏のヒント : 大井 和郎 (1254 文字)
4曲のスケルッツオの中では最も難しいスケルッツオであると思います。技術的に大変困難なスケルッツオですので、奏者はとにかく冷静に、ゆっくり、正確に譜読みをすることをお勧めします。このスケルッツオの難しさは他の1,3,4の比ではありません。4も難しいですがこの2番は別格です。あまり技術に自信の無い学習者の皆様には1番か3番をお勧めします。 ◎ 冒頭3小節はsotto voceですが、それ以上に音質が重要になります。この3小節間の素材が後にも出てきたら、必ずぼやけた音質で演奏し、marcatoで演奏することを避けてください。これは2番のソナタの4楽章であるとか、op25-2のエチュードであるとかのように、決してはっきりとした音質では弾かない素材です。2番のソナタ4楽章に見られるように、ショパンは時に、実にぼやけたつかみ所の無い音質で演奏する曲を書きます。この冒頭もそのような意味で、不気味で風の様なイメージができる音を出します。 ◎ 22小節目、2拍目のタイミングは正確に数えてください。3拍子で数える必要はありません。4小節を1小節ずつ4拍子で数え、そのような数え方で21小節目から4拍子で数え、2拍目を数えたらすぐGesに行けば良いです。 ◎ 118-130小節間、技術的に困難な箇所になります。特に手の小さな人にとっては大変な場所です。例えば、127-129小節間、決して右手だけで弾こうとせず、左手を都合の良い場所に入れて、弾きやすくすると良いでしょう。118小節目に見られるような、F Des Asのような3つの、オクターブ以上離れている音を練習するとき、真ん中の音を決めておくと練習しやすくなります。即ち、この場合3つの音ですから自動的にDesが真ん中の音になります。この音の上に、右手の2の指を置いた状態で離さないようにします。その状態でFからAsまで、Desを弾かずに一気に弾いてみてください。次に今度はAsからFに降りてきます。勿論2の指はDesに置いたままです。これを速い動作で繰り返して見ましょう。この練習をすることにより、このようなオクターブ以上離れたパッセージが楽になるはずです。 ◎ 265小節目からのBセクションの話です。282小節目の左手Cisや、307小節目の左手Gisにアクセントを付けてはいけません。これはレゾネンスと言って残響の部分になります。柔らかい小さな音で消えていく部分ですのでアクセントは付けません。 ◎ 492小節目から大変難しい部分に入ります。ここから先、注意することは右手の連打音にあります。例えば492小節目最後の音である右手のDは493にもあるのですが、この2つの同じ音が埋もれてしまわないように、はっきり2つ聴かせるようにしてください。 ◎ このスケルッツオで最も難しい部分の1つが544小節目以降です。慎重に丁寧に練習をしてください。和音にかけられているアルペジオの波線は、あまり気にせず(時間がないので)、一気に全ての音を弾くようにします。
ピティナ&提携チャンネル動画(13件) 続きをみる
楽譜
楽譜一覧 (15)

(株)全音楽譜出版社

(株)全音楽譜出版社

(株)全音楽譜出版社

(株)ドレミ楽譜出版社

ハンナ(ショパン)

(株)ドレミ楽譜出版社

ハンナ(ショパン)

KMP(ケイ・エム・ピー) ケイエムピー

ハンナ(ショパン)

(株)リットーミュージック

KMP(ケイ・エム・ピー) ケイエムピー

(株)全音楽譜出版社

Peters

Peters