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ショパン :スケルツォ 第1番 ロ短調 Op.20

Chopin, Frederic:Scherzo no.1 h-moll Op.20

作品概要

楽曲ID:466
出版年:1835年 
初出版社:Breitkopf und Härtel
献呈先:T. Albrecht
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:スケルツォ
総演奏時間:10分00秒
著作権:パブリック・ドメイン
ピティナ・コンペ課題曲2024:F級級

ピティナ・ピアノステップ

23ステップ:発展1 発展2 発展3 発展4 発展5 展開1 展開2 展開3

楽譜情報:5件

解説 (3)

執筆者 : 大嶋 かず路 (2974文字)

更新日:2022年3月3日
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フレデリック・ショパン(1810-1849)はスケルツォと題する単独の作品を生涯において4曲書き残した。《スケルツォ 第1番》ロ短調作品20《スケルツォ 第2番》変ロ短調作品31《スケルツォ 第3番》嬰ハ短調作品39《スケルツォ 第4番》ホ長調作品54である。

スケルツォ(Scherzo:諧謔曲)は冗談、ユーモアなどを意味するイタリア語を語源とする。音楽史においては、1780年代以降、交響曲や室内楽曲など、多楽章形式の楽曲の中間楽章に用いられるようになった。

スケルツォの音楽的な特徴は4分の3拍子や軽快なテンポなど、従来中間楽章に頻繁に挿入されたメヌエットの特徴を踏襲することが挙げられる。多くの場合A-B-Aの3部形式もしくは複合3部形式で書かれ、中間部のトリオには前後の楽想と対照的な旋律が用いられる。こうした伝統に倣って、ショパンもまた《ピアノ・ソナタ 第2番》作品35《ピアノ・ソナタ 第3番》作品58《ピアノ三重奏曲》作品8などにスケルツォを挿入した。

これらに加えて、ショパンはスケルツォを単独の作品として完成させることを試み、ピアノ音楽の歴史に新たな境地を切り開いた。言うなれば、スケルツォはショパンによって一個のピアノ作品として構想され、芸術作品として完成した音楽ジャンルの一つであるといっていい。

4つのスケルツォは、速いテンポと4分の3拍子、3部形式などを基本構造としているが、形式はより複雑であり、ソナタ形式に近いものもある。感情的、情緒的な表現や、高度な技巧を要求することもまた、主たる特徴の一つである。

ショパンはこれらスケルツォの具体的な意味や理念について、明確に述べてはいない。しかし、そのタイトルと「陰と陽」の明確な楽曲の構成に、19世紀当時の文学的、芸術的な傾向とのつながりが垣間見られる。

18世紀末期、ヨーロッパでは絶対主義に基づく従来の体制への不満が高揚し、「自由」への覚醒が起こった。表現の場においても革新的な活動が盛んとなり、文学の場では愛や理想、失望、幻滅などの感情を自由に、露骨に表現した作品が書かれるようになった。ユーモアや諧謔を定義づける試みもまた、このような中で行われた。

ユーモアの意味については、ヨーロッパ各国の文学者らが様々な見解を述べている。例えば、ドイツの作家ジャン・パウル(1763-1825)は次のように述べる。

「ユーモアにとっては、個々の愚かさとか、一人びとりの愚人といったものは存在せず、愚かさ及び愚かな一世界が存在するのみである。(……)人間が、この世ならぬ世界からこの世をながめおろせば、この世は、みみっちく、あだにうごめいている。ユーモアがやるように、小さなこの世を尺度にして、無限の世界を測り、それと小さな世界とを結びつければ、笑いが生じ、この笑いのうちには、やはりある苦痛と、ある偉大さとが存在している」

相反する二つの感情もしくは二つの次元の狭間で泣き笑いする人間は、ロマン主義時代の諧謔の主要なテーマの一つである。それは、神の示した美の世界を傍らに、欲にまみれた現実世界から抜け出すことのできない人間に対する強烈な皮肉でさえある。

これらの言葉は、ショパンのスケルツォを理解する上で、大きなヒントとなるだろう。ショパンが誰よりも深く文学者たちの思索した諧謔の理念を理解していたことは、4つのスケルツォが証明している。

《スケルツォ 第1番》ロ短調は1830年代初頭、ウィーン滞在中に着手され、1834年から1835年に完成されたと考えられる。この作品が作曲された当時、ショパンは独立の気運の高まる不穏なワルシャワを離れ、ウィーンに居を定めて音楽家としての将来を模索していた。不安、焦燥、愛、郷愁など、相対する二つの感情の狭間で揺れ動く心情を表出するかのようなその作風は、先に述べたロマン主義文学の諧謔とのつながりを思わせる。

当時のショパンの関心は、音楽の都における音楽的、芸術的な傾向と、ワルシャワの情勢の2点に集中していた。同時期には《エチュード》作品10のいくつかの作品が作曲されている。

プレスト・コン・フォーコ、4分の3拍子。冒頭で呈示される激しい、荒れ狂うようなロ短調の主題は、戦争状態にあるポーランドを思う当時のショパンの心情を映し出すかのように、緊迫感に満ちている。序奏の二つの和音が唐突に「激しい叫び声」(ライヒテントリット)を思わせる音響を発し、荒々しい主題が提示される。この主題についてライヒテントリットは「衝動的に押し寄せるように上行し、ところどころ真の怒りの境地に達する」と表現する。この縦横無尽に動き回る熱狂的な主題は、趣の異なる楽節をはさんで(44-64小節)、反復される。

モルト・ピウ・レントの中間部に、ショパンはポーランドのクリスマス・ソング(コレンダ)《眠れ、幼子イエス》の旋律を引用している。ロ長調のゆったりした神聖な響きが、第1主題とのコントラストを鮮やかに浮かび上がらせる。規則的に響き渡る低音のHと高音のFis音が、第一主題部と対照的な落ち着いた安定感をもたらす。

《眠れ、幼子イエス》はポーランドの有名なクリスマス・ソングであり、現代においても12月の降誕祭週間に頻繁に歌われる。喜びに溢れ、家族で祝うクリスマスはショパンにとっても特別な思い出であったと考えられる。

聖歌の引用によって、天上と地上の対比という諧謔的な世界観がより鮮明となることにもまた留意したい。信仰と愛に溢れた本来的な世界とそれを失った現実――その狭間で苦悩しあがく人間は滑稽な存在としてしばしばロマン主義文学において諷刺されたが、ショパンの作風もそれに相通じるものがある。

美しい聖歌が次第に断片化し、遠ざかっていくと、再現部に移行する。ドラマチックな第1主題が激しく回想され、コーダでは劇的な不協和音が強音fffで9回繰り返される。嵐のような半音階をユニゾンで駆け上がり、終曲となる。

ショパンはこの作品を友人トマス・アルブレヒトに献呈した。

参考文献(※本文中の引用はすべてこれらの文献に基づく。)

・ショパン スケルツォ集: New Edition 解説付(大嶋かず路 解説)、東京:音楽之友社、2015年。

・Huneker, James, Chopin: The Man and His Music, New York: Dover Publications, 1966.

・Leichtentritt, Hugo, Frédéric Chopin, Berlin: Harmonie, 1905.

・Tomaszewski, Mieczysław, Chopin: Człowiek, Dzieło, Rezonans, Kraków: Polskie Wydawnictwo Muzyczne, 2005.

・Willeby, Charles, Frederic François Chopin, London: Sampson low, Marston & Company, 1892.

・The 18th Chopin Piano Competition/Compositions https://chopin2020.pl/en/compositions

執筆者: 大嶋 かず路

執筆者 : 朝山 奈津子 (2435文字)

更新日:2008年7月1日
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演奏のヒント : 大井 和郎 (1786文字)

更新日:2018年3月12日
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