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ショパン :バラード 第4番 Op.52 ヘ短調

Chopin, Frederic:Ballade no.4 f-moll Op.52

作品概要

作曲年:1842年 
出版年:1843年 
初出版社:Breitkopf und Härtel
献呈先:la Baronne C. de Rothschild
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:バラード
総演奏時間:9分30秒
著作権:パブリック・ドメイン

ピティナ・ピアノステップ

23ステップ:展開3

楽譜情報:5件

解説 (3)

執筆者 : 大嶋 かず路 (4125文字)

更新日:2022年7月5日
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フレデリック・ショパン(1810-1849)は生涯において4曲の《バラード》を作曲した。最初の《バラード 第1番》作品23は1831年に作曲され、これによって新しいピアノ音楽ジャンルが切り開かれた。

18世紀から19世紀中葉まで、音楽分野におけるバラードは専ら歌曲に使用される言葉であった。ショパンの時代にはシューベルト(1797-1828)の歌曲が人気を博す一方、ゲーテ(1749-1832)やシラー(1759-1805)、レーナウ(1802-1850)の詩に基づく歌曲がシューマン(1810-1856)やレーヴェ(1796-1869)らによって書かれた。器楽作品にバラードという言葉を用いたのはショパンが初めてであり、従って、ショパンはピアノ音楽におけるバラードというジャンルの開拓者として位置づけられる。

 

●語源と由来

 

フランス語のballade(バラード)と英語のballad(バラッド)は元来異なるジャンルに属するが、共に「踊る」を意味するギリシア語のballizo(βαλλίζω)、ラテン語のballareを語源とする。舞台舞踊として発達したバレエ(ballet)が共通の語源であることに示される通り、バラードもまたダンスと深く関連する。中世以降、フランスでは吟遊詩人によって詩としての形式の地位が高められた。イギリスでは14世紀にダンス・ソングとしてバラッドが歌われ、18世紀以降、旋律的な要素の強い物語詩として発展を遂げた。

 

●ロマン主義文学の先駆けとして

 

18世紀末にはドイツの詩人たちがバラードの創作に熱中し、ドイツ文学史及び音楽史に新たな境地を開いた。その立役者となったのがゲーテとシラーである。ゲーテやシラーのバラードは専制や圧政からの自由が叫ばれたフランス革命前後の社会的な風潮を映し出し、民族意識の覚醒をも促すものである。内容的な特色として、民間伝承や神話に基づき、戦争、犯罪、心霊現象、神秘体験などがリアリスティックに描かれることが挙げられる。こうした文学作品は歌曲の発展を導き、シューベルト、ツェルター(1758-1832)、レーヴェらによって多くのバラード(歌曲)が生み出された。

19世紀初頭にはドイツ語のバラードがポーランド語に翻訳され、ミツキェーヴィチ(1798-1855)をはじめとするポーランド・ロマン主義文学者たちに影響を与えた。イギリスのバラッドもまた同時期に紹介されている。これら外国の物語詩の特色を踏襲するポーランドのバラードは、他国の勢力下における屈辱的な民族の状況や愛国心などを描き出すという特徴を有する。ロシア帝国の秘密警察がミツキェーヴィチのバラードを危険視していたというのも、こうした作品の性質が故である。

 

●ショパンのバラード

 

ショパンの4曲のバラードは、ミツキェーヴィチのバラードと関連があるとされてきた。曲と詩の関連性については異論があるが、《バラード 第1番》作品23は「コンラッド・ヴァレンロッド」、《バラード 第2番》作品38は「シフィテシ湖」、《バラード 第3番》作品47は「シフィテジャンカ」、《バラード 第4番》作品52は「3人のブドリス」から着想を得たとされる。これについてはシューマンの証言に依るところが大きいが、ショパンがミツキェーヴィチの作品の音楽化を試みたとまでは断言できない。

作曲家としてのショパンの人生を概観すると、オペラや標題音楽、宗教音楽の作曲に消極的であり、ピアノによって独自のロマン主義的世界観を描き出すことにこだわったショパン像が浮かび上がる。そのようなショパンにとって、ポーランド人の心情を鋭く代弁したミツキェーヴィチの物語詩は憧れであり理想であったと考えられる。1830年に音楽家としての成功を夢見てウィーンへ出発したショパンは、当時人気のあった歴史歌劇や流行歌の旋律を用いた作品などから離れ、「偽りのない感情表現」を主要課題とするロマン主義の本道へと足を踏み入れていった。こうした中で作曲された《バラード》は「ピアノによる物語詩」という新しいジャンルの音楽であり、ショパンにとっては作曲家としての方向性を定めた記念碑的な作品である。その主たる特徴は、既に述べたバラードの本質を織り込みながら、独自の構成、形式を周到に編み出し、音楽による物語詩を完成させているという点にある。物語性を喚起する旋律の抑揚、陰と陽の明快な構成など、文学との関連性を想起させる要素が散見されることも特徴の一つである。

●バラード 第4番 作品52 ヘ短調

 

 《バラード 第4番》は1842年にノアンで作曲され、翌年に出版された。ショパンの最高傑作の一つであり、同時期に作曲された作品に《ポロネーズ 第6番》作品53がある。

当時、その技巧的な難しさゆえ、ショパンの作品を批判する意見も見られたが、こうした見解はショパンの作品の真価を損なうものではない。ハネカーは述べる。「モナリザやボヴァリー夫人が絵画や文学の傑作であるのと同様、(バラード 第4番は)ピアノ文学における傑作である」。カラソフスキはまた、次のように指摘する。「この曲は最も詩的で知性を感じさせるものであり、その多様な美を十分に解釈するためには、機械的な優れた技術だけでなく、繊細な音楽的知覚も必要である」。

《バラード 第4番》はミツキェーヴィチのバラード「3人のブドリス」に触発されて書かれたとの説が存在する。その真相についてはさておき、単調なリズムの上に主題を豊かに変化させる作風は物語的であり、控えめな主題の提示は「語り」を思わせる。

本作品には、鬱々とした影で覆われているかのような仄暗さがある。躍動的で朗らかな第3番のバラードとは対照的である。これについてニークスは「この曲の基調となる感情は悲しみの思いである」と指摘する。

 1842年、ショパンは恩師ジヴヌィ(1756-1842)と親友マトゥシンスキ(1809-1842)の死を相次いで経験し、激しい気分の落ち込みの中にあった。喪失のショックから徐々に立ち直ったショパンは大曲の作曲に取り組み、《バラード 第4番》を完成させた。そこに示された陰と陽のコントラストは、生と死によって完成する人間の命の儚さ、究極的な美しさを思わせる。

ヘ短調、アンダンテ・コン・モート。形式的にはロンドに近いが、より自由であり、各主題は反復の度にダイナミックに形を変化させる。静かに織り出される7小節の序奏に導かれて、第1主題が提示される。この序章は第2番の第1主題同様、パストラーレを想起させる。左手の刻む8分の6拍子に合わせて歌う陰影を帯びた第1主題は、繰り返されるたびに趣を変え、楽曲に多様な性格付けを行う。左手は変わりなく、舞曲を思わせる単調なリズムを刻み続ける。16分音符の上下行する経過部に続き、第2主題が登場する。清楚なコラール風の第2主題もまた第1主題同様控えめに奏でられ、その後、自由な展開を見せる。メランコリックなパッセージが反復され、幻想性を帯びた楽想が煌びやかに奏でられたのち、序奏に回帰する。続いて展開する二つの主題の再現は、より雄大である。慎ましやかで内省的な主題は原型から大きく離れ、幅広い音域を動き回る16分音符にのせて、美しく、ダイナミックに再現される。ショパンによる最高峰の美の再現と言っても過言ではない。コーダでは複雑な音形が奇怪さを醸し、うねるような素早いパッセージが激しく、情熱的に奏でられ、曲が終わる。

●参考文献(※本文中の引用はすべてこれらの文献に基づく。)

・ショパン バラード集: New Edition 解説付(大嶋かず路 解説)、東京:音楽之友社、2014年。

・Barbedette, Hippolyte, Chopin: Essai de critique musicale, Paris: Leiber, éditeur, librairie centrale des sciences, 1861.

・Huneker, James, Mezzotints in Modern Music: Brahms, Tschaïkowsky, Chopin, Richard Strauss, Liszt and Wagner, New York, Scribner, 1901.

・Huneker, James, Chopin: The Man and His Music, New York: Dover Publications, 1966.

・Karasowski, Moritz, Frederic Chopin, Volume 2, New York: Scribner, 1906.

・Leichtentritt, Hugo, Frédéric Chopin, Berlin: Harmonie, 1905.

・Niecks, Frederick, Frederick Chopin as a Man and Musician, London, Novello and Co., 1902.

・Samson, Jim, Chopin: The Four Ballades, Cambridge: Cambridge University Press, 1992.

Taruskin, Richard, The Oxford History of Western Music: Music in the Nineteenth Century, vol. 3, Oxford: Oxford University Press, 2009.

Tomaszewski, Mieczysław, Chopin: Człowiek, Dzieło, Rezonans, Kraków: Polskie Wydawnictwo Muzyczne, 2005.

Willeby, Charles, Frederic François Chopin, London: Sampson low, Marston & Company, 1892.

執筆者: 大嶋 かず路

執筆者 : 朝山 奈津子 (2193文字)

更新日:2008年7月1日
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演奏のヒント : 大井 和郎 (1860文字)

更新日:2018年3月12日
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