作品概要
解説 (3)
執筆者 : 大嶋 かず路
(4071 文字)
更新日:2022年7月5日
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執筆者 : 大嶋 かず路 (4071 文字)
フレデリック・ショパン(1810-1849)は生涯において4曲の《バラード》を作曲した。最初の《バラード 第1番》作品23は1831年に作曲され、これによって新しいピアノ音楽ジャンルが切り開かれた。
18世紀から19世紀中葉まで、音楽分野におけるバラードは専ら歌曲に使用される言葉であった。ショパンの時代にはシューベルト(1797-1828)の歌曲が人気を博す一方、ゲーテ(1749-1832)やシラー(1759-1805)、レーナウ(1802-1850)の詩に基づく歌曲がシューマン(1810-1856)やレーヴェ(1796-1869)らによって書かれた。器楽作品にバラードという言葉を用いたのはショパンが初めてであり、従って、ショパンはピアノ音楽におけるバラードというジャンルの開拓者として位置づけられる。
●語源と由来
フランス語のballade(バラード)と英語のballad(バラッド)は元来異なるジャンルに属するが、共に「踊る」を意味するギリシア語のballizo(βαλλίζω)、ラテン語のballareを語源とする。舞台舞踊として発達したバレエ(ballet)が共通の語源であることに示される通り、バラードもまたダンスと深く関連する。中世以降、フランスでは吟遊詩人によって詩としての形式の地位が高められた。イギリスでは14世紀にダンス・ソングとしてバラッドが歌われ、18世紀以降、旋律的な要素の強い物語詩として発展を遂げた。
●ロマン主義文学の先駆けとして
18世紀末にはドイツの詩人たちがバラードの創作に熱中し、ドイツ文学史及び音楽史に新たな境地を開いた。その立役者となったのがゲーテとシラーである。ゲーテやシラーのバラードは専制や圧政からの自由が叫ばれたフランス革命前後の社会的な風潮を映し出し、民族意識の覚醒をも促すものである。内容的な特色として、民間伝承や神話に基づき、戦争、犯罪、心霊現象、神秘体験などがリアリスティックに描かれることが挙げられる。こうした文学作品は歌曲の発展を導き、シューベルト、ツェルター(1758-1832)、レーヴェらによって多くのバラード(歌曲)が生み出された。
19世紀初頭にはドイツ語のバラードがポーランド語に翻訳され、ミツキェーヴィチ(1798-1855)をはじめとするポーランド・ロマン主義文学者たちに影響を与えた。イギリスのバラッドもまた同時期に紹介されている。これら外国の物語詩の特色を踏襲するポーランドのバラードは、他国の勢力下における屈辱的な民族の状況や愛国心などを描き出すという特徴を有する。ロシア帝国の秘密警察がミツキェーヴィチのバラードを危険視していたというのも、こうした作品の性質が故である。
●ショパンのバラード
ショパンの4曲のバラードは、ミツキェーヴィチのバラードと関連があるとされてきた。曲と詩の関連性については異論があるが、《バラード 第1番》作品23は「コンラッド・ヴァレンロッド」、《バラード 第2番》作品38は「シフィテシ湖」、《バラード 第3番》作品47は「シフィテジャンカ」、《バラード 第4番》作品52は「3人のブドリス」から着想を得たとされる。これについてはシューマンの証言に依るところが大きいが、ショパンがミツキェーヴィチの作品の音楽化を試みたとまでは断言できない。
作曲家としてのショパンの人生を概観すると、オペラや標題音楽、宗教音楽の作曲に消極的であり、ピアノによって独自のロマン主義的世界観を描き出すことにこだわったショパン像が浮かび上がる。そのようなショパンにとって、ポーランド人の心情を鋭く代弁したミツキェーヴィチの物語詩は憧れであり理想であったと考えられる。1830年に音楽家としての成功を夢見てウィーンへ出発したショパンは、当時人気のあった歴史歌劇や流行歌の旋律を用いた作品などから離れ、「偽りのない感情表現」を主要課題とするロマン主義の本道へと足を踏み入れていった。こうした中で作曲された《バラード》は「ピアノによる物語詩」という新しいジャンルの音楽であり、ショパンにとっては作曲家としての方向性を定めた記念碑的な作品である。その主たる特徴は、既に述べたバラードの本質を織り込みながら、独自の構成、形式を周到に編み出し、音楽による物語詩を完成させているという点にある。物語性を喚起する旋律の抑揚、陰と陽の明快な構成など、文学との関連性を想起させる要素が散見されることも特徴の一つである。
●バラード 第3番 作品47 変イ長調
1841年に作曲され、ノアイユ伯爵令嬢に献呈された《バラード 第3番》は、ショパン自身が最も好んで演奏した作品の一つである。
シューマンは本作品について次のように述べる。「このバラードはショパンの3作目であり、彼の初期の作品とは形式も性格も著しく異なっている。ショパンの最も独創的な作品の一つである」
シューマンの言葉通り、先に書かれた2つのバラード、42年に完成させる4曲目のバラードが悲劇的な色合いの濃い作風であったことを照らすと、軽快で優美な本作品は異質でさえある。陽気さ、剛毅さ、軽やかさで満たされたこの作品について「作曲家ショパン自身のイメージ」とはかけ離れたものとする意見さえ見られた。定期刊行物「ドーム」に掲載された匿名作家イスラフェルは、これに関連して次のように述べる。
「ショパンはどのような奇異な影響を受けてこの変イ長調のバラードを書いたのだろう? この曲は、少年のような威勢のよさと勇ましい軽快さにおいて、ショパン自身とは全く異なっている。非常に若々しく、大層大胆で、大成功している。ありきたりなメランコリックな終曲を迎えるのではなく、幸福なフィナーレに向かって理路整然と進んでいく」
1841年、《バラード 第3番》の作曲に取り組んでいた頃、ショパンは公私ともに充実した生活を送っていた。マジョルカ島で患った病から解放され、ノアンとパリで充実した日々を送るショパンが書き下ろしたバラードは、ハッピーエンドを思わせる喜びに満ちた作風であった。これも、作曲家自身の内面が作品と深くリンクしている故であると考えられる。
この作品はミツキェーヴィチの物語詩「シフィテジャンカ」に触発されて書かれたとの説がある。この説を真実性の高いものとする見解も存在するが、真相については定かではない。
ウィルビーは《バラード 第3番》の冒頭のフレーズと《スケルツォ 第3番》作品54の序奏との類似性を指摘している。ここでは「問いと答え」を思わせる音形が提示され、同時に、この楽曲の主要なテーマ(第1主題)が打ち出される。続くシンコペーションは本作品の全体的な特徴であり、「馬の蹴りのようなリズム」とも表現される(ライヒテントリット)。この軽快なリズムにのせて、へ長調の愛らしい第2主題が提示される。この主題は揺れ動く感情を示すかのように転調し、激しさ、勇ましさを醸し出し、再び原型へと回帰する。展開部では16分音符の連続が優美な旋律を奏で、左手の分散和音が楽曲をクライマックスへと導く。第2主題が転調し、原型とは異なる形で奏でられた後、嬰ハ短調の揺れ動く不穏な雰囲気の中で、第1主題が断片的に回想される。終曲部では第1主題が華々しく再現され、輝かしい壮麗な音響の中で曲が閉じられる。
●参考文献(※本文中の引用はすべてこれらの文献に基づく。)
・ショパン バラード集: New Edition 解説付(大嶋かず路 解説)、東京:音楽之友社、2014年。
・Barbedette, Hippolyte, Chopin: Essai de critique musicale, Paris: Leiber, éditeur, librairie centrale des sciences, 1861.
・Huneker, James, Mezzotints in Modern Music: Brahms, Tschaïkowsky, Chopin, Richard Strauss, Liszt and Wagner, New York, Scribner, 1901.
・Huneker, James, Chopin: The Man and His Music, New York: Dover Publications, 1966.
・Karasowski, Moritz, Frederic Chopin, Volume 2, New York: Scribner, 1906.
・Leichtentritt, Hugo, Frédéric Chopin, Berlin: Harmonie, 1905.
・Niecks, Frederick, Frederick Chopin as a Man and Musician, London, Novello and Co., 1902.
・Samson, Jim, Chopin: The Four Ballades, Cambridge: Cambridge University Press, 1992.
Taruskin, Richard, The Oxford History of Western Music: Music in the Nineteenth Century, vol. 3, Oxford: Oxford University Press, 2009.
Tomaszewski, Mieczysław, Chopin: Człowiek, Dzieło, Rezonans, Kraków: Polskie Wydawnictwo Muzyczne, 2005.
Willeby, Charles, Frederic François Chopin, London: Sampson low, Marston & Company, 1892.
執筆者 : 朝山 奈津子
(2170 文字)
更新日:2008年7月1日
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執筆者 : 朝山 奈津子 (2170 文字)
ショパンがピアノ曲に用いたスタイルを観察する方法は幾通りもあるが、抒情的なものと物語的なもの、という分類がひとつ可能だろう。前者の代表は《ノクターン》、《マズルカ》であり、後者の典型が《バラード》と《スケルツォ》である。
抒情的な構成において各フレーズや音型は羅列的で、その連結がきわめて緩やかであるのに対し、物語的な構成では、1曲の中にいわば起承転結を感じることができる。なぜ明確なドラマ性が生じるかといえば、まず、和声の進行が明解で、とりわけドミナント-トニック(転から結へ進む部分)の定型がよく守られるからである。また、各動機は変奏や転回、反復、拡張などの手法を用いて発展することもあり、ヴィーン古典派のソナタのような労作はなされなくとも、複数の主題が複雑に組み合わされて曲が作られている。
つまり、《バラード》、《スケルツォ》、《ボレロ》など物語的構成を持つ作品では、ダイナミックでドラマティックな、始まりから終わりへ必然をもって突き進むような音楽的時間が生み出されるのであり、こうした要素が鑑賞上のポイントとなっている。(蛇足ながら、抒情的な作品では、わずかずつ変容しながらも留まり続け、戻りも進みもそれほど明確でない、いわば音楽的空間の中に、鑑賞者の耳を遊ばせることになる。)
さて、では、各4曲が残されている《バラード》および《スケルツォ》の違いはどこにあるのか。
これらがジャンルとしてショパンの創作の中で隣接していることは、音楽を見れば何より明らかである。しかも、両ジャンルを形式から明確に区別することはほとんどできないように思われる。ひとつには、これがショパンに固有のジャンルであるからで、それぞれが由来すると思われるジャンルの伝統を調べても手がかりは出てこない。しかし、音楽の外形からは区別できなくとも、それぞれの音楽内容、いわば物語の内容はやや異なっている。
《スケルツォ》はイタリア語で「冗談」を意味し、従来は簡明な形式で明るく軽く小規模な曲を指した。ベートーヴェンがメヌエットに代えてソナタの第3楽章に取り入れた時も、やはり極めて急速でユーモアに富んだ性格が与えられた。ショパンの《スケルツォ》は、一見するとこうした伝統にまったく反し、暗く深刻なうえに大規模である。だが、《バラード》と比べてみると、《スケルツォ》がいかにユーモアを内包しているかがよく判る。4つの《スケルツォ》にはいずれも、きわめて急速でレッジェーロな動機がひとつならず登場し、随所で「合いの手」を入れている。また、各部で短いサイクルで交代する音量のコントラストが指定されている。
こうした手法が《バラード》にはほとんどない。各動機、各音は前後のしがらみに囚われており、逸脱を許されない。沈鬱な主題が次々と現われ、それらは鬱積して怒濤をなし、ついには破滅的な終末を迎える。《スケルツォ》が軽妙な音型や滑稽なまでのコントラストでこの種のストレスを解消するのとは、対照的である。
なお、《バラード》4曲はすべて複合2拍子、《スケルツォ》は3拍子で書かれており、これが唯一の外形的な特徴といえなくもない。が、《スケルツォ》は全篇を通じてほとんどが2小節で1楽句を作るため、やはり2拍子の強烈な推進力を内包している。
《バラード》はショパンがピアノ作品に初めて用いた名称で、直接的には、ポーランドの詩人アダム・ミツキェヴィチのバラッドにインスピレーションを得た、といわれている。具体的にどの詩がどの曲に当てはまるのかは諸説あるが、どれも確証は得られず、俗説に留まっている。しかし、ショパンがたとえ実際にいずれかの詩をもとに作曲を進めたにせよ、これほど豊かな音楽性を秘めて結実した作品を何かひとつの筋書きに当てはめ、聴き手の想像力を制限することは、作曲家の本意ではあるまい。
より広く視野をとるなら、1820年代にワルシャワ界隈ではバラッドなる歌曲が流行しており、こうした文学上のジャンルはショパンの精神生活にはなじみ深いものだったと考えられる。加えて、シューベルトのバラードや、パリのグランド・オペラに用いられたバラード風のアリアなどもショパンに大きな感銘を与えた。従って、あらゆる体験が集約して独自の新ジャンル《バラード》が誕生したとみるべきだろう。
《バラード》第3番は、全体に《スケルツォ》に近い性質を持つ。冒頭部ではとりわけ、音域を替えて反復される楽句、「紡ぎだし」の手法で変容する動機、思わぬ音域に突如現われる短い動機など、軽やかさと余裕に満ちている。
形式上は、序奏付きロンドである。第52小節からロンド主題が始まる。第1ルプリーズ(第66小節以降)はロンド主題を変奏し、第2ルプリーズ(第116小節以降)は華麗なパッセージワークで埋められる。第3ルプリーズ(第157小節以降)はやや様相を異にし、第1ルプリーズで見出した動機、すなわちロンド主題の変奏形に16分音符を加え、音量を徐々に増してゆく。それはロンド主題の4回目の登場(第194小節)にも影響を与える。主題はもはや高音から降り注ぐような軽やかさを失い、低音部から這い上がろうと繰り返し試みては阻まれる。しかし第213小節でようやく抜け出し、冒頭の旋律が再現されると、華やかな走句に彩られて幕引きとなる。
演奏のヒント : 大井 和郎
(2150 文字)
更新日:2018年3月12日
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演奏のヒント : 大井 和郎 (2150 文字)
他のバラードとは異なり、このバラードには曲中のテンポ変更がほとんどありません。つまりは、流れを止めずに進むことを意味します。また、この曲には、「4小節単位で衰退していく」という癖があります。これについては後述します。 冒頭を見ていきましょう。冒頭2小節、一番上と音を出すことは勿論ですが、硬く聞こえる要因としては、1小節目2拍目の3つの8分音符1つ1つに力が入ってしまう弾き方をしたときです。1拍目裏拍の8分も含め、これらの8分音符は一気に、1つのモーションで弾きます。ルバートは2小節目のCまで前向きに進み、2小節目1拍目裏拍から後ろに引っ張り、2拍目で落ち着きます。 9小節目、筆者の楽譜には2拍目でペダルを変える指示があります。1拍目裏拍の和音と2拍目表拍の和音をペダルで一緒にすると濁るからです。しかしながらここで注意が必要です。2拍目で完全にペダルを変えてしまうと1拍目のバスであるAsを失います。Asを失うとドライに聞こえ、また硬く聞こえます。ここは、2拍目でハーフペダルを使い、和音の濁りを避けつつAsを残します。そんなに難しいことではありません、是非試してみてください。さて、この9-12の4小節が、先ほど述べました「4小節単位で衰退する」話になります。この9-12小節間の1拍目裏拍から2拍目にかけての和音の一番上の音だけを抜粋すると、9小節:Es D、10小節:Des C、11小節:C Ces、12小節:Ces Bと半音階で下行していることが分かりますね。ダイナミックもfからpに変わります。右に行くに従ってテンションを下げていき、12小節目に達したとき、消えていくように演奏します。 たとえば、10小節目の最後に16分音符+8分音符のリズムがありますね。これも、10小節目は普通にリズム通りに弾き、後ろに行くに従って、徐々に、微妙に、リズムを甘くしていきます。そうすることによって衰退感を演出することができます。以降、12-16、17-20、21-24、54-57小節、など、音型が下行している4小節は全て同じ処理をします。 14小節目、8連符は左手が下の方の音符を弾き、32分休符で少しだけ時間を取ります。35小節目、ペダルは36小節のDesまで伸ばし、幻想的余韻を作ります。41小節から少しagitato気味なのはよいのですが、accel.をかける学習者がいます。accel.やpiu mosso は書いてありませんので、ここはそこまで速く弾かないようにします。 54小節目より、6度や7度が右手に出てきます。1や2の指をできる限り控えて、一番上の音を綺麗に出してください。この場合も、音楽が進むに従って4小節単位で衰退しますので58小節目のCが最も弱い音としてたどり着きます。77-78小節間、メロディーラインは、C D F Eですので、最後のEを本当に若干Fよりも落とします。 88小節目にたどり着くやいなや急にpにしてしまう奏者がいます。それまでの80小節目で起きたドラマはそう単純にはムードが一変しません。人間の感情というのは瞬間で切り替われるものではありません。88小節目のAs G Ges Fという音型は90小節にも、92小節にも93小節にも94小節にもありますね。徐々に落としていくことを考えたとき、最初は大きく始まります。 102小節目、カラーを変えます。118小節目より、雰囲気が変わり、新しいセクションに入りますが、ここで必要な練習はアルペジオです。118小節や122小節のアルペジオが如何に速く、軽く、ppで弾けるかが勝負所になります。ppであることが一層厳しい条件になります。その他、122小節の左手はとても弾きにくいですね。この左手の和音の1番上の音であるBとCesは右手で取ると楽になります。123小節の2拍目左手の和音は少しだけ感情的になる部分です。mfくらいで良いのではないでしょうか。126-127小節間の左手は右に行くに従い衰退して消えていきます。以下同じ事が数回あります。 136小節目、筆者の持っている楽譜にはダイナミック記号が付いていませんが、とても強い表現です。fで良いと思います。173小節目以降、このバラードで最も技術的に難しい部分になります。重音(和音)が右手でがっちりと取れること、左手のバスをミスしないようにすることが大事です。 182小節からピークポイントに向かいます。まだここは音量を小さくしておきます。左手にAisが入っていますが、バスの音はHになります。194小節でこのHはCに変わります。202小節でこのCはDに変わります。205小節でこのDはEsに変わります。つまりテンションが徐々に高まっていき、213小節に達します。 227小節からstrettoがかかっていますね。これを皆さん守る方は多いのですが、229小節のバスが離れている場所にあるため、ここで時間を食ってしまいます。できることであればストレットは止めないでバスがどこにあろうとも突き進んでください。 237-238小節間の16分音符を異常に速く弾く奏者がいます。この2小節間のテンポは前後のテンポと辻褄を合わせてください。
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