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ショパン :ポロネーズ第6番 「英雄」 変イ長調 Op.53

Chopin, Frederic:Polonaise no.6 "Héroïque" As-Dur Op.53

作品概要

楽曲ID:522
作曲年:1842年 
出版年:1843年 
初出版社:Leipzig, Paris
献呈先:Auguste Léo
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:ポロネーズ
総演奏時間:7分30秒
著作権:パブリック・ドメイン
※特記事項:ポロネーズ番号はパデレフスキ版による。

ピティナ・ピアノステップ

23ステップ:展開1 展開2 展開3

楽譜情報:49件

解説 (2)

執筆者 : 朝山 奈津子 (2151文字)

更新日:2008年7月1日
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ピアノ曲のジャンルとしてのポロネーズには、長い伝統がある。

起源はポーランドの大衆的な舞踊で、歌を伴い、結婚式など格式のある祝祭で行なわれた。これが徐々に騎士や下級貴族のものとなって洗練され、やがて王侯の宮廷に取り入れられると、歌が無くなって器楽伴奏のみの行列舞踊となる。行列舞踊とは、整然と列を成して比較的ゆっくりと歩くようなタイプのもので、参会者の顔合わせや挨拶、あるいは衣装の見せあいなどの機能を果たす。宮廷舞踊となったポロネーズは、ポーランドの代表的な舞踊として国際的に認められたのみならず、ポーランドの民族精神を表現するもっとも象徴的な音楽となった。

しかし、「ポロネーズ」という名称は、フランス語で「ポーランド風の」という意味であり、18世紀以前にはポーランド国内の史料には現われない。器楽、とくに鍵盤曲のジャンルとしての「ポロネーズ」は、ポーランドではなくドイツやフランスで発展した。それらは確かに、宮廷ポロネーズの器楽伴奏に端を発したのではあるが、バッハが《フランス組曲 第6番》に取り入れた頃にはもはや舞踊の伴奏としての機能は失われていた。ポロネーズは、元の舞踊が持っていたリズムや楽式を受け継いで、ポーランド趣味、一種の異国情緒を感じさせる形式へと姿を整えていった。こうしたものは、またポーランドへと逆輸入された。

19世紀初頭にショパンが継承したポロネーズとはこのように、郷土の伝統というよりは国際的に久しく通暁していた形式あるいはジャンルのひとつだった。しかし、1830年以降のパリにおいてショパンがポロネーズを書く、ということには、また別の意味があった。このときポーランドは地図上から消えた国家であり、パリには亡命したポーランドの文化人たちが終結していたからである。聴衆はショパンの音楽の本質に「ポーランドらしさ」を求めたし、ショパンもまた、憂国の士としてこれに応えようとした。パリ・デビューより後に書かれたポロネーズとそれ以前のものとが大きく異なっているのは、そのためである。パリ到着以前のショパンのポロネーズは、超絶的な技巧をひたすらに誇示するものか、オペラなどで有名な旋律をポロネーズのリズムでパラフレーズしたものばかりである。しかし、これらは作曲家自身によって価値なしと見なされたのか、生前に出版されなかった。これに対して1835年以降の7つのポロネーズは、旋律と和声の点できわめて独創的であり、ショパン独自の様式が余すところ無く発揮されている。

通称を「英雄ポロネーズ」とよばれる本作は、この作曲家の明るく健康的な面のみを凝集した壮麗な主題を持ち、ピアノ曲としてほぼ最高レベルの演奏技術を要求する点で、ショパンの最高傑作のひとつに数えられる。

しかし、この作品はけっして難解な音楽ではない。旋律は明解で、形式はきわめて簡明である。全体は、前奏も含めてほぼ完全に、16小節を1セクションとする。この16小節は4×4から成り、各部が起承転結に相当する。楽曲は前奏で始まるが、そこから16小節を4セクションをおき、この4つがさらに起承転結の機能を担う。再現部分(第155小節以降)では、冒頭部分の2番目のセクションが回帰し、8小節のコーダに入る。コーダもまた、2×4で起承転結を分担している。最後の3小節は、コーダの「結」の部分の反復である。(ところで、冒頭部分の前奏16小節は自身が4×4の起承転結を内包する一方、前半4セクションから成る大きな起承転結に対しては、「起」の部分の拡大形とみることができる。)

この理路整然とした構造が少しずつ変形されるのが、中間部(第81-154小節)である。第81-84小節は、続く16小節に対する前奏であり、「起」の拡大として働く。第100小節の2番目の音から第101小節第1拍までの6つの音は、「結」の拡大と、次の「起」の拡大に対するさらなる準備の2つの機能を備えている。次のセクションでこれに相当するのは第120小節だが、こちらでは「結」よりも「起」の機能の方が強い。そして、3つめのセクションは、「転」と「結」が大幅に拡大する。第129-132小節の楽節は3回繰り返される。4回目では低音でも高音でも c すなわち f-moll の属音が執拗に鳴り続ける。この第129小節以降は、もはや4小節単位の明解な起承転結を放棄し、右手の半音階進行の効果も利用して、音楽がどこへ向かうのかを曖昧にしたまま進んでいく。f-moll の属音が遠くから聞こえてくるが、解決されないまま、半音階のユニゾンへ突入する。この小昏いトンネルを抜けた先には、唐突に、明るい冒頭の主題が待ち受けており、再び秩序正しい世界が戻ってくる。更に上位の構造を考えるなら、第81小節以降の最初の40小節が「起」および「承」、第129-154小節が「転」、第155小節以降を「結」と見なすことも可能だろう。

このように《英雄ポロネーズ》は、いくつものレベルで起承転結の構造をもっており、それ故にドラマ性と推進力に満ちている。今日ではこの作品こそポロネーズの典型と感じられるまでになった。真の傑作であるだけでなく、これ以前と以後のポロネーズを考察する際にひとつの規範を示す作品である。

執筆者: 朝山 奈津子

演奏のヒント : 大井 和郎 (1396文字)

更新日:2018年3月12日
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