現在でもしばしば演奏されるバッハの鍵盤組曲は、1720-30年代に作曲ないし改訂された。正確な経緯は不明ながら、この《イギリス組曲》はその中で成立が最も古いとされている。タイトルは、バッハの最初の伝記作者J. C. フォルケルが「イギリスの貴人のために作曲された」と記したことにより、18世紀の間にすでに定着した。事実の検証は不可能であるし、バッハの息子たちと親交のあったフォルケルの言葉には一定の説得力を認めねばなるまい。
プレリュードはシチリアーノ風。クーラントを2つ持ち、さらにドゥーブルとして2つの変奏を伴うのが特徴的である。資料の上でもこの曲だけが別の場所に筆写されているものがあることなどから、第1番は他の5曲とは異なる成立過程を持つと推測されている。ジーグの旋律は、デュパールの曲集第1番のジーグ、さらにはガスパール・ル=ルーの《クラヴサン曲集》(1705)の中のジーグとも関連がある。前者はバッハ自身が筆写しており、またル=ルーの作品はバッハの親類で親交のあったJ. G. ヴァルターが数多く収集している。