《高雅で感傷的なワルツ》はピアノ独奏用に1911年に作曲され、8曲のワルツ小品から成る。同年、独立音楽協会のコンサートにおいてルイ・オベールによって初演され、彼に献呈された。なお、そのコンサートでラヴェルはわざと自分の名前を伏せ、演奏を聴いた聴衆に作曲家を推測させる方法をとったが、正解者は約半数だったというエピソードがある。初版譜も同じ年にデュラン社から出版され、楽譜の冒頭にはフランスの詩人・小説家アンリ・ド・レニエ(1864-1936)による「無益な事に専心する事の、甘美で常に新鮮な喜び」という一節が置かれている。
ラヴェルによると、この作品のタイトルは「シューベルトを手本に一連のワルツを作曲する」意図を示しているという。この場合のシューベルト作品とはタイトルの類似性から《感傷的なワルツ》op.50, D779と、《高雅なワルツ》op.77, D969であると指摘する事は可能であり、これら2作品とラヴェル《高雅で感傷的なワルツ》の間に共通点が見られる事は既に論じられている。一方、ラヴェル本人はモデルとした作品名を断定はしていない。
《高雅で感傷的なワルツ》の各ワルツは性格的に異なるが、最終曲の「エピソード」以外にタイトルは付けられていない。この点に関しては、シューベルト以外にシューマンの《蝶々》や《謝肉祭》の影響も指摘されている事が、実際に演奏する際に非常に参考になると考えられる。
第1ワルツ
Modéré - très franc「抑え気味のテンポで。とても率直に。」♩=176。A. 第1-20小節、B. 第21-60小節、Aʹ. 第61-80小節の3部形式。
活発な性格を持つワルツ。ト長調が基本の調性だが、冒頭から不協和音を巧みに利用した曲である。しかし和音の中で生じる非調的な減5度音程や半音音程などの響きと、調的な響きを注意深く聴きながら演奏すると、自然に美しい音質に繋がるだろう。
特にニ長調の調性が決定付けられるAの終わりと、ト長調が明確になる曲の最後では、バスの進行を明快にする事を意識する。
第2ワルツ
Assez lent – avec une expression intense 「じゅうぶんに遅く-表情を強めに表わして」。♩=104。A. 1-32小節、Aʹ. 33-64小節の2部形式。
基本の調性はト短調で、第1ワルツの同主短調となる。前曲と違ってもの憂げな雰囲気が漂う。本来ト短調の導音であるfisをfに下げるなど、旋法的な響きとしている部分が多い事を意識して奏すること。
25-28小節は変ホ長調を想起させ、その直前の非調的で緊張感のある部分とは対照的である。従って緊張感を緩めるため脱力して楽に揺れを感じると「un peu plus lent et rubato もう少し遅めに、ルバートをかけて」の指示と一致する演奏になるだろう。
第3ワルツ
Modéré「抑え気味のテンポで」。A.1-16小節、B.17-56小節、Aʹ.57-72小節の3部形式。
Aの基本の調性はホ短調で、軽快、かつ精密な印象を与える音型である。Bではスラーが多用され、またニ長調の響きで始まるため、より大きな動きやうねりを感じ、明るい音色を目指すと良いだろう。一方、33-35小節では右手が殆ど常に減5度及び増4度音程を含む和音を奏し続け、調が決定づけられないため、不安定で何かを探し続けるような表情を「expressif 表情豊かに」として示していると解釈できよう。この曲の終わりはト長調の調的感覚が明確である事を意識し、明るく終える。
第4ワルツ
Assez animé「充分に活き活きと」。付点二分音符=80。A.1-16小節、B.17-30小節、Aʹ.31-46小節の3部形式。
前曲の終わりがト長調を明確に示していたのに対し、明確に調が定まらない、捉えどころのない響きで始まるワルツである。これは8音音階、或いは(後の)メシアンによる「移調の限られた旋法第2番」によって書かれている部分が多いからであり、旧来の調体系から逸脱した部分と、明確に調的な部分とを意識して演奏すると大きな流れを作る事が出来るだろう。
第5ワルツ
Presque lent – dans un sentiment intime「殆どレントで。心の奥で感じて。」♩=96。A.1-8小節、B.9-24小節、Aʹ.25-32小節の3部形式。
p、pp、pppの中で奏される半音の変化が繊細さを醸し出すワルツ。このワルツにも8音音階が用いられている部分がある。また非調的な部分と様々な調を想起させる部分が交替で現れるという特徴があり、例えば冒頭の非調性的な部分はEdurに解決する部分に引っ張られるように感じながら奏すると、ゆったりとしたテンポであっても4小節で一つのスラー記号のとおりに演奏出来る。全体を通して注意深い聴き方と軽やかなタッチが必要な曲であろう。
第6ワルツ
Vif 「活き活きと」 付点二分音符=100。A.1-16小節、B.17-44小節、Aʹ.45-60小節の3部形式。
活発でユーモラスな雰囲気を持つ曲。バスの進行に注目すると、1-2小節はcis→gで増4度音程だが、3-4小節ではc→gの完全5度音程に変わる。これらの交替が繰り返されているため、ハ長調の調的感覚を示しながらもおどけたような表情を醸し出す事ができる。即ち4小節で一つの文脈と捉えると、自然にVifのテンポに近付く事が出来よう。
第7ワルツ
Moins vif「前よりも活気を落として」~Tempo Ⅰo「最初のテンポで」。18小節の序奏が付いた3部形式、A.19-66小節、B.66小節の1.5拍め-110小節、Aʹ.111-158小節。8曲の中で最も規模が大きい、華やかなワルツである。ラヴェル自身が、この曲が最も特徴的であると述べている。AとAʹでは調がはっきりとしている中で、半音の進行を丁寧に聴きとりながら演奏すると良いだろう。中間部分では書法が変わって流れるような印象となり、ショパンのワルツとの類似性も指摘されている。
第8ワルツ Épilogue エピローグ
Lent「ゆっくりと」♩=76。A.1-40小節、B.41-61小節、Aʹ.62-74小節の自由な3部形式。
このエピローグ(終曲)の特徴は、ゆったりとしたテンポの中、主にppやpという限られたディナーミクで、これまでのワルツの断片が現れる事である。このため「回想」の音楽としての研究例もあり、他のワルツとは一線を画す内容を持っている。演奏解釈、そして演奏自体が最も難しいワルツでもあると考えられる。奏者自身が過度の脱力、或いは夢見心地の状態では演奏はできないため、この曲では調的感覚と非調的感覚だけでなく、第7ワルツまでの断片が再帰する部分に特に着目して集中力を持続させる必要があるだろう。