シューマンのピアノ曲のほとんどはライプツィヒ時代の1839年までに書かれているが、この作品集はドレスデン時代、1848年ごろに書かれている。以前の大作が芸術作品として構想されているのに対し、この作品は最初、長女マリーの誕生日の贈り物として用意した数曲に次々と書き加え「クリスマスアルバム」と名づけていたもので、後世までも子供の指導用作品として重要な位置をしめている。
第1曲:メロディー / op.68-1 "Melodie"
シンプルなメロディーと対位法的な伴奏形の対比のための練習。
第2曲:兵士の行進 / op.68-2 "Soldatenmarsch"
元気よくはりきって。付点のリズムと和音の練習。
第3曲:ハミング / op.68-3 "Trallerliedchen"
速くなく。右手・左手それぞれに片手でメロディーと伴奏形を弾きわける練習。
第4曲:コラール / op.68-4 "Ein Choral"
四声のポリフォニーの練習。すべての声部を耳でたどれるように。
第5曲:小曲 / op.68-5 "Stuckchen"
速くなく。第1・3曲の復習とでもいえるだろうか。左手の跳躍がオクターヴまで広がるので前の二曲より困難になっている。
第6曲:あわれな孤児 / op.68-6 "Armes Waisenkind"
ゆっくりと。ここまでの練習をふまえてメロディーと伴奏、複旋律と曲としての性格を持った曲である。形式的にはABAの三部形式が二度繰り返される。Bの繰り返し部分ではこの曲集ではじめて「Langsamer」(よりゆっくりと)の指示があり、曲の途中でテンポが変わる。
第7曲:狩人の歌 / op.68-7 "Jagerliedchen"
さわやかに楽しく。ゲルマン民族は一般的に狩の好きで、メンデルスゾーン、シューベルトなどもたくさんの「狩の歌」を書いていて、そのほとんどが6/8拍子である。冒頭はユニゾンで、シューマンが好んで用いたこの四度上行形はホルンの模倣であろう。形や調を変え四分音符+八分音符+四分音符+八分音符と八分音符のスタッカートのモチーフが繰り返される。曲の中ではじめてf、p、ff、アクセントなどが指定されている。
第8曲:勇敢な旗手 / op.68-8 "Wilder Reiter"
三部形式。テンポの指定はないが旗手が馬を走らせている様子だと思われるので、かなり速いだろう。ここでも四度上行形ではじまる。旋律には軽いスタッカートの間にsfとスラーが挿入される。中間部では旋律が左手に移動するが、いずれの部分でも伴奏の和音が重くならないように弾くと曲の感じがよく出るだろう。
第9曲:小さな民謡 / op.68-9 "Volksliedchen"
もの悲しい雰囲気で。三部形式。はじめの部分では美しい旋律に分散和音の伴奏、続いてコラールのような複旋律がつけられる。中間部は「Lustig」(楽しげに)の指示があり、長調に転調し曲想が変わる。休符を含むモチーフを軽くはずむように弾くと感じがよく出るだろう。再現部ではまず左手にメロディー右手に複旋律、続いて厚い和音によって念をおすように最後の嘆きが終わる。
第10曲:楽しき農夫 / op.68-10 "Frohlicher Landmann"
さわやかで元気に。この曲集中最も有名なものの一つで、原題では「仕事を終えて帰る楽しげな農夫」とつけられていた。ドイツには「Feierabend」という言葉があり、直訳すれば「お祭りの夜」くらいの意味になるのだが、多くのドイツ人は毎日仕事が終わると「Feierabend!」と言いながらいそいそと家路についたり居酒屋に出かけたりする。この雰囲気がとらえられたらこの曲は十分ではないだろうか。
第11曲:シチリアーナ / op.68-11 "Sizilianisch"
茶目っけを持って。シチリアーナとは17~18世紀ごろのシチリア起源のダンスで、バッハの作品などで遅い舞曲または楽章としても用いられている。形式はダ・カーポを含めてロンド形式。いかにもイタリア風の物悲しい旋律だが冒頭の指示があるので、少し軽くしゃれた感じだろうか。中間部は2拍子に変わり十六分音符の速い動きにアクセントも加わり速い踊りに変わる。
第12曲:サンタクロース / op.68-12 "Knecht Ruprecht"
題名の「Knecht Ruprecht」はサンタクロースと訳されているが、正確にはドイツのサンタクロースである聖ニコラウスのおつきの「従者ルプレヒト」であるらしい。12月6日が聖ニコラウスの日である。聖ニコラウスはこっそりと暖炉から現われるのではなく街に堂々と現れ、良い子にはプレゼントを与え、悪い子には従者ルプレヒトが手に持った鞭でおしおきをするという。三部形式の第1部は騒々しく聖ニコラウス一行がやってくる様子だろうか。中間部はへ長調に変わり、ドイツのクリスマスの歌「あしたこどもたちは何をもらうのでしょう、あしたはクリスマスのおじいさんがやってきます」によく似た雰囲気で、細かい十六分音符によって高まるクリスマスへの期待を表現しているのだろう。
第13曲:愛する5月よ… / op.68-13 "Mai, lieber Mai"
速くなく。副題は「もうすぐおまえは来るのだね!」と付けられている。ドイツの冬は長く4月いっぱいまで寒く暗いのだが、5月になると突然新緑が目をふき始め、明るい太陽が輝く。そのせいだろうか、5月を待ちわびる気持ちが非常に強く、シューマンだけでなく多くのドイツ人が春への期待と喜びをこめて、5月をたたえる詩や曲をたくさん残している。ホ長調はそもそも喜びの調性である。冒頭右手のポルタートや6度の跳躍が雰囲気をよく表わしている。また、左手のモチーフは小鳥のさえずりだろうか。形式的には少々複雑に見えるが二部形式である。技術的にはこのあたりから急に難しくなっている。
第14曲:小さな練習曲 / op.68-14 "Kleine Studie"
静かに、そして非常に均等に弾くこと。形的にはバッハの平均律第1巻1番のプレリュードに似ている。強弱記号がほとんど書かれていないので、和声進行を正確にとらえることが重要である。あとは4拍目にあたるアルペジオの最高音が隠されたメロディーといえるだろう。一小節できれいに和音が作れるようによく耳で確かめながら打鍵することが大切である。
第15曲:春の歌 / op.68-15 "Fruhlingsgesang"
心をこめて弾くこと。再びホ長調で春への喜びの曲である。第13曲がこれから来る春への期待だったのに対して、こちらはすでに来た春の暖かさの中にゆったりとひたっている感じだろうか。付点のリズムは鋭くなりすぎず少しテヌート気味にすると、ドイツ物特有の温かみが出るだろう。非常に美しい旋律は歌詞をつければそのまま歌曲になりそうで、いかにも「春の歌」という題名にふさわしい曲である。
第16曲:はじめての損失 / op.68-16 "Erster Verlust"
速くなく(モデラート)。ドイツ物特有のアウフタクトによるため息のような下降型の2つのモチーフで成り立っている。一番はじめの音にはfpの指示があるが、すべての小節線直前にあるフレーズ頭の音を大切に弾くことで、「失う」感じがよく出るだろう。途中で一時的にハ長調への転調がみられ、最後は強い感情の露出であろうfとアクセントによる和音があるが、あくまで原型はため息のモチーフである。子供がはじめて喪失感を覚えるのは何によってだろうか。
第17曲:朝の散歩をする子供 / op.68-17 "Kleiner Morgenwanderer"
さわやかに力強く。朝起きたての新鮮な気持ちで、しかし気まぐれに歩調を変える子供の描写。符点と三連符、十六分音符それぞれのリズム感の違いを具体的に試してみると良いだろう。「力強く」という指示はあるが、軍隊の行進ではないので乱暴にならないように。あくまで「朝の散歩をする子供」である。
第18曲:刈入れ人の歌 / op.68-18 "Schnitterliedchen"
速すぎず。構成は複雑に見えるがAA'A B AA'コーダと考えられる。ドイツで刈入れというと小麦だと考えられる。筆者には八分音符によるレガートの旋律は表情を変えながら風に揺れる小麦畑で、農夫が自分の育てた作物を満足げにながめていて、最後のスタッカートモチーフによるコーダで刈り入れて行くように思える。小麦畑は対旋律によって違う方向からの風を同時にうけたり、ユニゾンでいっせいに一方向に揺れたり、また調性を変えて違うざわめきを奏でたりしている。
第19曲:小さなロマンス / op.68-19 "Kleine Romanze"
速くなく。ロマンスはドイツでは叙情的な歌曲や小規模な器楽曲を指す。二部形式でAは4小節×2、Bは6小節×2。自由な抒情詩として細かい楽譜の指示からどのような気持ちの変化を表現できるだろうか。
第20曲:田舎風の歌 / op.68-20 "Landlisches Lied"
ほどよいテンポで。地方小都市の吹奏楽団の演奏のような素朴な旋律と和声が耳に心地よい。冒頭八小節のテーマは再現するたびに少しずつ左手の形を変えていく。
第21曲:*** / op.68-21
ゆっくり気持ちをこめて弾くこと。題名のない三曲のうちの一曲で ***の印がついている。曲想も形式もとても自由なので、自分なりにどういう情景なのか想像して自由に表現してよい曲だと思う。
第22曲:輪唱歌 / op.68-22 "Rundgesang"
程よい速さで。とてもレガートに弾くこと。この曲はシューマンの自筆譜では少し違う形で、出版の際に繰り返し部分を「印刷する」と注記したものが「抹消する」と読み違えられたらしい。しかしシューマン自身がこの変更を認めている。メロディーの非常に美しい曲なので冒頭の指示どおりレガートで、弦楽四重奏においてそれぞれの奏者が独立したフレージングを形成するように演奏したい。
第23曲:騎手の曲 / op.68-23 "Reiterstuck"
短くはっきりと。十六分音符の動きは馬のひずめの音の模倣だろうか。このモチーフは「クライスレリアーナ 作品16」の第8曲とよく似ている。非常にはぎれよく、スラーが記入されているところ以外はノンレガート気味にすると軽さが出るだろう。再現部からは「だんだん弱く」の指示があるが、弱くなるほど緊張感とリズム感は大切にしたい。その後のコーダにはさらに「どんどん弱く」と書かれており、決然とした雰囲気のままで最後はPPで終わる。
第24曲:収穫の歌 / op.68-24 "Ernteliedchen"
楽しい表現で。収穫という言葉から季節はおそらく秋だろう。作物を取り入れながら、または取り入れた後農夫達が愉快に合唱している情景。同じ6/8拍子、イ長調ながら第22番「輪唱歌」のレガートによるなめらかなメロディーとは趣を変え、スラーはあるがアクセントを強調して四分音符にはずむような方向性をあたえると楽しげな雰囲気が出るだろう。中間部はスタッカートとここはなめらかなレガートの対比がおもしろい。
第25番:お芝居の余韻 / op.68-25 "Nachklange aus dem Theater"
多少興奮して。劇やオペラを見た後、子供がまだその興奮からさめずに熱くお話しているようである。出し物はおそらくドラマティックなものだっただろう。中間部ではf、ffによるファンファーレも見られる。このファンファーレとメロディーの組み合わせはいかにも典型的なオペラの序曲を連想させる。十六分音符のスタッカートを軽くしかし凝縮された音色で弾けると興奮した雰囲気がよく出るだろう。
第26曲:*** / op.68-26
第27曲:カノン風の歌 / op.68-27 "Canonisches Liedchen"
第28曲:思い出 / op.68-28 "Erinnerung"
第29曲:異国の人 / op.68-29 "Fremder Mann"
第30曲:*** / op.68-30
第31曲:戦いの歌 / op.68-31 "Kriegslied"
第32曲:シェエラザード / op.68-32 "Sheherazade"
第33曲:ぶどう狩の時-喜びの時 / op.68-33 "Weinlesezeit - Frohliche Zeit"
第34曲:テーマ / op.68-34 "Thema"
第35曲:ミニョン / op.68-35 "Mignon"
第36曲:イタリア人の船乗りの歌 / op.68-36 "Lied italienischer Marinari"
第37曲:水夫の歌 / op.68-37 "Matrosenlied"
第38曲:冬の時 その1 / op.68-38 "Winterzeit I"
第39曲:冬の時 その2 / op.68-39 "Winterzeit II"
第40曲:小さなフーガ / op.68-40 "Kleine Fuge"
第41曲:北欧の歌「ガーデへの挨拶」 / op.68-41 "Nordisches Lied 'Gruss an G'"
第42曲:装飾的コラール / op.68-42 "Figurierter Choral"
第43曲:大みそかの歌 / op.68-43 "Sylvesterlied"
第44曲:かくれているかっこう / op.68-44 "Kuckuck im Versteck"
第45曲:ヴェネツィアの入江 / op.68-45 "Lagune in Venedig"
第46曲:鬼ごっこ / op.68-46 "Haschemann"
第47曲:小さなワルツ / op.68-47 "Kleiner Walzer"
第48曲:ごく小さい子供のために / op.68-48 "Fur ganz Kleine"
第49曲:お人形の子守歌 / op.68-49 "Puppenschlafliedchen"
第50曲:左手も見せましょう / op.68-50 "Linke Hand soll sich auch zeigen"
第51曲:ゴンドラにて(op.68の20の主題) / op.68-51 "Auf der Gondel"
第52曲:*** / op.68-52
第53曲:CM.v.ウェーバーの酒飲みの歌 / op.68-53 "Ein Trinklied von C.M.von Weber"
第54曲:変ホ長調のピアノ曲 / op.68-54 "Klavierstuck in E flat"