ロベルト・シューマンの歌曲集『ミルテの花』op.25の第1曲「献呈Widmung」をリストがピアノ独奏用に編曲したものである。
原曲はリュッケルトによる無題の詩に作曲したもので、原詩は6行が1まとまりの2詩節からなっている。
Du meine Seele, du mein Herz,
Du meine Wonn', o du mein Schmerz,
Du meine Welt, in der ich lebe,
Mein Himmel du, darein ich schwebe,
O du mein Grab, in das hinab
Ich ewig meinen Kummer Gab!
Du bist die Ruh, du bist der Frieden,
Du bist vom Himmel mir beschieden.
Dass du mich liebst, macht mich mir wert,
Dein Blick hat mich vor mir verklart,
Du hebst mich liebend über mich,
Mein guter Geist, mein bress'res Ich!
きみこそはわが魂よ、わが心よ、
きみこそはわが楽しみ、わが苦しみよ、
きみこそはわが生を営む世界よ、
きみこそはわが天翔ける天空よ、
きみこそはわが心の悶えを
とこしえに葬ったわが墓穴よ。
きみこそはわが安らぎよ、和みよ、
きみこそは天から授かったものよ、
きみの愛こそわが価値を悟らせ、
きみの眼差しこそわが心をきよめ、
きみの愛こそわれを高めるものよ、
わが善い霊よ、よりよいわが身よ。
(志田麓訳、『シューマン歌曲対訳全集』、音楽之友社より)
詩はAABBCCの形で対韻を踏んでいるが、ヤンブス特有の行頭のアクセント転置が頻繁に起こっており、シューマンもこれに敏感に反応して歌唱旋律を作曲している。
また、「D」の音が圧倒的に多いことも、この詩全体の特徴である(「Du君」、「Dein君の」の他、定冠詞の「Der」や「Das」なども効果的に用いられている)。
さらに、シューマンは作曲にあたって楽曲を3部構成とするために、第2詩節の後にもう1度第1詩節をくり返し、なおかつ最後の1行を第2詩節の最終行と取り替えている。
変イ長調で第1詩節に作曲し、第2詩節をホ長調(同主短調のVI度調の異名同音読み替え)で開始しており、変イ音を嬰ト音、変ホ音を嬰ニ音へと読み替えたこの転調は、第2詩節の終わり2行目で再び変イ長調へ戻り、冒頭再現を準備する役目を果たしている。
第1・3部が8分音符と付点リズムによる伴奏が主体になっているのに対し、第2部は4分3連音符の伴奏を基調としている。歌唱旋律も第1部では律動的で跳躍の多いのに対し、第2部では音価が長く、順次進行が多用されており、宗教曲のような趣さえある。これは「Ruh’憩い」や「安らぎFrieden」といった歌詞の内容に対応してのことかもしれない。
歌詞の言葉に対応した音楽作りは、第1詩節に対して作曲した第1部に多く見られる。たとえば、「Schmerz苦しみ」に当てられた短三和音(同主短調からの借用和音)、「Grab墓」に当てられた減七和音(同主短調から借用した属九和音の根音省略)などがあげられる。さらに、「Ewig永遠に」に当てられた旋律線は、単語の発音上のアクセントは「E」であるが、「wig」の方が強調されるように作られており、和声も「E-」にはIV度調のドミナント(属七和音)→IV(長三和音)が当てられているのに対し、「-wig」には減三和音(同主短調から借用したII)がぶつけられている。
リストはこの歌曲をピアノ独奏に編曲するにあたって、まず前奏を1小節から3小節へと拡大した。そして、歌曲では12小節だった第1部を、同旋律を内声部に移して反復させることによって2倍に拡大し、さらに5小節の後奏を挿入した。この拡大は、再現にあたる第3部の最後を華やかに飾るための布石である。
原曲では切れ間無く第2部に入るのに対し、リストは一度休止を挟んで第2部に入るように改変しており、これによって調性の隔たり、響きの差異が際立つことになる。
第2部から第3部への移行に際しても、1小節のアルペジオを挿入することで一層幻想的な表現を獲得している。
第3部では歌唱旋律が内声部に置かれ、伴奏形も16分音符のアルペジオへと変容している。
そして第3部後半では、第2部で用いられていた4分3連音符の伴奏形に支えられて、fffで華やかに主旋律が変容・反復するが、原曲同様のコーダへと収束する。しかしここでも音楽は1小節ほど引き延ばされ、原曲では終止和音が2拍目(弱拍)に置かれているのに対して、リストはこれを1拍目(強拍)へと移している。