1938~1939年に作曲された《パガニーニによる超絶技巧練習曲集》(S.140)は、リストのパガニーニ研究の最初の大きな成果として完成した作品である(リストとパガニーニの出会いについては、《パガニーニによる大練習曲》(S.141)の項目を参照)。
ここでリストは、パガニーニの楽譜からヴァイオリンのテクニックそのものを研究し尽くしたのだ、と野本由紀夫は指摘している。つまり、パガニーニがヴァイオリンという楽器で実現した高度なテクニックを、ピアノ独自の新しい語法や技巧によって表現しようと試みたのである。その結果、非常に革新的で、おそろしく難易度の高い作品が生み出されることになった。リストの楽譜どおりに演奏することは、作曲者本人をのぞけばほとんど不可能だと言われてきたことからも、その難しさが窺えるだろう。
第1曲『トレモロ』(ト短調)は、パガニーニの《24のカプリース》第5番を原曲とする序奏と終結部、同じく《24のカプリース》の第6番を原曲とする主部からなる。主部の最初の約3分の1ほどの間、初版である《パガニーニによる超絶技巧練習曲集》では、トレモロが「左手のみ」で演奏しなければならないなど、改訂版である《パガニーニのための大練習曲》に比べ、テクニック上は難しいところが散見される。
第2曲『オクターヴ』(変ホ長調)は、《24のカプリース》第17番による。ヴァイオリンにおけるポジション移動が、ピアノにおける左右の腕の交差に置き換えられ、初版ではかなり大変な手の移動が必要とされる。
この曲集中もっとも有名な第3曲『ラ・カンパネッラ』(変イ短調)は、初版と改訂版で大きな違いが見られる。パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番ロ短調の第3楽章を原曲とするのは改訂版と同じであるが、初版では、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調からの素材が目立つ。また、調号も、初版が変イ短調であるのに対し、改訂版では嬰ト短調である。改訂版に比べると、初版は全体的に重々しい雰囲気をたたえている。
第4曲『アルペッジョ』(ホ長調)の原曲は、《24のカプリース》第1番。この曲も初版と改訂版が大幅に異なるが、さらに初版には、2つの稿がある。初版第1稿では、左右の手が平行して動く単音のアルペッジョであるのに対し、初版第2稿では、和音と重音のアルペッジョへとバージョンアップしている。難曲中の難曲と言えるだろう。
第5曲『狩り』(ホ長調)は、《24のカプリース》第9番を原曲とする。ホルンを思わせる響きが特徴的である。その音形が現れる楽譜の冒頭に、初版では、高音域でpの部分には「フルートを模して」、低音域でfの部分には「ホルンを模して」との指示があり、リストがオーケストラ的な音色を意識していたことが窺える。
第6曲『主題と変奏』(イ短調)は、パガニーニ《24のカプリース》の中でも最も有名な第24番を原曲としている。リストのほかにも、この主題を基に、ブラームス、ラフマニノフ、シマノフスキ、ルトスワフスキなど、多くの作曲家が変奏曲を書いている。原曲は11の変奏と終結部からなるが、リストもこの構成を踏襲しており、この第6曲は11の変奏とコーダからなっている。改訂版に比べ、初版のほうがテクニック的に難しく、響きも全体的に重々しい。
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2005年11月30日より2006年3月2日まで本ページに掲載されていた解説文は、下記「ビバリスト」様より頂いたコメントでご指摘のとおり、パガニーニ大練習曲に付けられるべきものでしたので、解説文を当該ページに移動しました。ご指摘に感謝するとともに、誤った情報の掲載をお詫びいたします。 「ピアノ曲事典」管理者:実方康介