Op.110と並行して1821年から22年にかけて作曲されたこのソナタは、結果としてベートーヴェン最後のピアノ・ソナタとなった。
Op.109以降、それまで拡大されてきたソナタ形式は、極度に凝縮、圧縮されるようになり、この作品においてもその傾向は顕著である。また、Op.110や106では「フーガ」という形に結実した対位法の試みは、ここではソナタ形式の中に取り込まれた。
第1楽章 ハ短調 4分の4拍子 ソナタ形式
(序奏)
突然の減7度跳躍下降で始まるMaestosoの序奏は、鋭い付点リズム(複付点8分音符+32分音符)と2度順次下降の動機によって成り立っている。また、主部へ突入する少し前、第12小節のアウフタクトからあらわれる順次上行音型は、音価を16分3漣音符に短くして主要主題の要素へと変貌する。
(提示部)
ト音と変イ音のトリル音型が主要主題を導き、主部(第19小節~)へ突入する。主要主題は16分3連音符による急速な4度順次上行と減4度跳躍下降の組み合わせ、および減7度跳躍から順次下降の組み合わせといった具合に、跳躍と順次進行、上行と下降という対照をなす動機の組み合わせで構成される。
主題の確保(第29小節~)を経て推移(第35小節~)に至る。ここでは主要主題の動機が発展した、絶え間なく動き回る16分音符の音型と8分音符を主体とした音型が転回可能対位法によって模続進行し、変イ長調に到達する。
変イ長調による副次主題(第50小節~)は、序奏における付点リズムの連打と2度順次に由来している。束の間の副次主題は、すぐさま減7和音の分散和音によって引き裂かれ、主要主題の動機による推移(第56小節~)とコーダ(第67~69小節)で提示部を終える。
(展開部+再現部)
展開部(第70小節~)ではもっぱら主要主題の動機が扱われる。主要主題の音程が拡大された動機と、同じく音価が拡大されてトリルを伴った動機が、転回可能対位法によるフガートに展開される。ト短調からハ短調、ヘ短調へと転調し、主要主題の跳躍音型が和音化されて模続的に繰り返されるうちに主要主題の主調再現(第92小節~)へなだれ込む。
副次主題が同主長調であるハ長調で再現(第116小節~)された後、ヘ短調で確保のような発展部分(第124小節~)を挟み、減7和音の分散和音と主要主題の動機による推移(だ132小節~)を経て、コーダ(第145小節~)へ至る。
コーダでは、序奏の中にあらわれ、主要主題の動機へ変容した順次上行音型が和声づけされてコラール風に響き、ポリフォニックな技法を駆使した楽章にふさわしく、同主長調の主和音へピカルディ終止する。
第2楽章 ハ長調 16分の9拍子 変奏曲
16小節のアリエッタ主題は、反復記号によって8小節ずつ繰り返され、合計32小節からなる。前半の8小節はハ長調、後半は平行調であるイ短調へ転じる。
第1変奏(第17小節~)では、属音のト音を中心として、音型的な変奏が行われ、第2変奏(第33小節~)では拍子を16分の6拍子へと変化させ、あたかもスイングを思わせるような特徴的なリズムによって変奏が行われる。
第3変奏(第48小節~)は、さらに拍子を32分の12拍子へ変化させ、主題の和声的骨格を分散和音化した変奏が行われる。シンコペーション・リズムや、スフォルツァンド記号によって弱拍が強調されることで、オフ・ビートのジャズ的要素すら感じさせる。そして、これほど細かい音価が緩やかなテンポの音楽において主体となるのは、ほとんど病的といってよいだろう。
第4変奏(第65小節~)では、拍子が16分の9拍子に戻り、主音と属音を中心としたトレモロの上に、主題の和声的骨格が、低音域において和音化されたかたちであらわれた後、高音域で、絶え間ない32分音符による装飾的パッセージを単音や和音で支える変奏へと移行する。トリルの上下に主題の断片があらわれ、同主短調のハ短調へ転じると、これが最終変奏への推移(第120小節~)を形成する。
第5変奏(第131小節~)では、ふたたび主題の音型が、分散和音化された和声の支えのうえにはっきりとあらわれる。そして、コーダ(第160小節~)では、主題が長大なトリルと和音のトレモロにはさまれてあらわれ、最後に主題の冒頭動機を回想しながら楽曲を閉じる。