作品概要
作曲年:1827年
出版年:1839年
初出版社:Diabelli
楽器編成:ピアノ独奏曲
ジャンル:即興曲
総演奏時間:35分00秒
著作権:パブリック・ドメイン
解説 (1)
解説 : 髙松 佑介
(3130 文字)
更新日:2019年4月4日
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解説 : 髙松 佑介 (3130 文字)
総説
シューベルトによる二手のピアノ小品は基本的に、舞曲や変奏曲を除けば、後年に集中して作曲された。4つの即興曲D 935(作品142)も例外ではなく、それゆえにシューベルトの円熟した様式的特色が至る所にあらわれた、彼の代表的なピアノ曲に数えられる。
シューベルトが本曲集の作曲に取りかかった時期は、第1曲の自筆譜に日付が書かれていないため、明らかでない。自筆譜の透かしを調査した研究によれば1827年夏と推定されており、本曲集の最終稿には1827年12月の書き込みがあるため、D 899と同じく1827年後半に作曲されたと考えられる。D 899の自筆譜には、作曲者ではなく出版商トビアス・ハスリンガーによって「即興曲」と書かれているが、本曲集にはシューベルト自身の手で曲名が記されている。
もともとシューベルトは、D 899の4曲とともにハスリンガーのもとで出版するため、D 935の4曲に第5番~第8番という番号を付けていた。しかし、それが難しいと察した作曲者は1828年2月、マインツのショット社にD 935の4曲の出版を打診した。ショット社は、パリ支社とも相談したものの、これらの作品が「小品としては難しすぎる」ためドイツでもフランスでも出版できないとの結論に達し、本曲集は結局1839年4月にウィーンのディアベリ社から出版された。シューベルトが亡くなって10年以上経った後のことであった。
こうした本曲集の性質を、ローベルト・シューマンは直観していた。彼は雑誌『新音楽時報』(1838年12月)において本曲集の4曲を出版前に知らしめた際、シューベルトが「即興曲」と命名したとは信じがたく、4曲が「ソナタ」を形成していると指摘したのである。シューベルトの《大ハ長調交響曲》D 944を発見して初演に導いたり、ピアノ・ソナタを評論に取り上げて世に広めたりと、シューベルトの器楽曲に早くから理解を示していたシューマンの見立ては、本曲集が「小品」として当時望まれていたほど演奏が容易でなく、その上規模も大きいため出版が難航した事情に鑑みても、確かに本質を突いている。
その一方でシューマンの指摘は、実は十分とは言えない。なぜならシューベルトは、本曲集がソナタに匹敵することを分かった上で、あえて「ソナタ」と命名しなかったと考えられるからである。例えばベートーヴェンは、ソナタというジャンルにおいて様々な形式上の実験を行ったが、シューベルトは「ソナタ」と名付けた作品において伝統的な形式を順守した。したがってシューベルトは、ソナタを念頭に置きつつ、ソナタの枠に囚われないという意味を込めて別の曲名を与えたと考えられる。成立当初、全8曲に通し番号が与えられた事実は、作曲家が4楽章構成を必ずしも意識してなかったことを示しており、さらに両曲集の第1曲ともに自由に解釈されたソナタ形式が用いられている点や、曲同士の調関係が近親調に留まらない点にも、即興曲がソナタより自由に作られていることが見て取れる(第1曲の解説を参照)。
だがこれは決して、即興曲がソナタより不完全だという意味ではない。ソナタにおいて伝統的な型を順守した作曲家が、比較的自由なスタイルで作曲できる場所――それが即興曲であったに違いない。こう考えれば、後年のシューベルトのエッセンスが存分に詰め込まれていることも肯けよう。
各曲解説
第1曲:アレグロ・モデラート、ヘ短調、4分の4拍子
曲集の冒頭に位置する本楽曲は、ソナタ形式が意識された構造を持ちつつ、コントラストを避ける工夫がなされている。
冒頭はヘ短調で堂々と第1主題が提示される。最初のセクションが完全終止で閉じると、ヘ短調のまま靄のような16分音符による第2のセクションが弱音で現れる。第21小節で変イ長調へと転じ、高揚が収まると、第45小節から変イ長調で第2主題が提示される。確かに、新たな主題が平行調で静かに提示される点では、第1主題とコントラストを形成しているようだが、第2主題が提示される前から平行調に転じている上、第2主題は既出の16分音符動機の骨格部分で成り立っている。つまり、図式上では第1主題と第2主題が対照的に作られているものの、実際には両主題が滑らかに移り変わっているのである。こうした事実は、即興曲D 899の第1曲と同様、ソナタ形式がシューベルトなりに翻案された結果と捉えられよう。この点が、シューマンの主張が本質的に的を射ていながら、十分ではないと概説で指摘した所以である。
第69小節からは、中間部として新たな主題が提示される。この部分は変イ短調に始まり、ホ長調の三和音を仲介して、変イ長調へと転じる。シャープを調号に取るホ長調が新鮮な響きをもたらし、シューベルトらしい妙なる和声の移ろいが表れている。
第115小節では冒頭主題が主調で回帰し、再現部となる。第2主題は、ソナタ形式よろしくヘ長調を取る。さらに第182小節から中間部もヘ短調で再現され、第226小節で冒頭動機がコーダとして簡潔に回帰して幕となる。
第2曲:アレグレット、変イ長調、4分の3拍子
舞踏的な4分の3拍子を取り、メヌエット楽章のように主部―トリオ部―主部のダ・カーポから成る。
変イ長調の主部は三部形式を取り、弱音の両端部と強音の中間部という強弱によって対比される。
三連音によって動きが創り出されるトリオ部では、主部を特徴づけていた舞踏の基本リズムが引き継がれるのみならず、さらに二拍目が強調される。トリオ部内も三部形式を取り、変ニ長調で弱音の両端部と、変ニ短調で強音の中間部がコントラストをなしている。通例ではトリオ部より主部に重きが置かれることが多いため、トリオ部に主部と同等の規模を持たせ、イ長調のクライマックスを置く構想は斬新だ。
第3曲:アンダンテ、変ロ長調、2分の2拍子
本楽曲は、主題と5つの変奏から成る変奏曲で、技巧的なウィーン古典派の特徴を継承しつつ、叙情的なロマン派的要素も併せ持っている。
主題は、自作の劇音楽《キュプロスの女王ロザムンデ》D 797に基づく(弦楽四重奏曲第13番D 804第2楽章の主題としても有名だ)。第1変奏では主題が付点リズムとなり、第2変奏では伴奏音形が軽やかになることでシンコペーションのリズムが強調される。第3主題で荘重な変ロ短調が挟まれた後、第4変奏では嬰ト長調に転じ、ヨーデルが鳴り響く。第5変奏で変ロ長調に戻り、音階による技巧的なパッセージが展開する。そして最後に、ゆっくりと主題が回帰して曲を閉じる。
第4曲:アレグロ・スケルツァンド、ヘ短調、8分の3拍子
引き延ばされた三部形式を取る。速度標語に示された「スケルツァンド」は、8分の3拍子の2小節を4分の3拍子の1小節分として扱うハンガリー風のヘミオラによって表されている。
三部形式における軽快なヘ短調の主部に挟まれるのは、まず第87小節からの滑らかな音階による変イ長調の楽想である。これに第131小節から変イ短調の舞踏風の楽想が続き、これらの楽想が2回ずつ交互に現れる。その間には、シューベルトのトレードマークである異名同音の読み替えが用いられ、調号にシャープを取るイ長調や、ハ長調へと転調する。第336小節で主部が回帰し、第420小節から本楽曲を特徴づけるヘミオラ音形のリズムを用いて展開するコーダとなり、高揚のうちに幕となる。
本稿では、「スケルツァンド」という舞踏楽章風の性格を考慮し、大きく三部形式として扱ったが、主部内も三部形式となっていることに鑑みれば、冒頭主題が何度も登場する点でロンド形式と解釈することもできる。
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