総説
本ソナタは、シューベルトがはじめてピアノ・ソナタと集中的に取り組んだ1817年の作である。本ソナタの自筆譜には「ソナタ第Ⅰ番(Sonate I)」とローマ数字で番号が振られており、作曲者が6曲セットのソナタを構想したことを示している。
本ソナタは、自筆譜が第1楽章しか遺されておらず、第2楽章は1907年にピアノ小品として出版された楽譜が初版となった。第3楽章は、1925年に作成された筆写譜において、第1楽章ととともに最初の下書きが遺されているが、オリジナルは消失している。
第1楽章のホ短調、第2楽章のホ長調に対し、第3楽章が変イ長調を取るため、現在までの研究では、この3楽章では1つのソナタが完結しないとする見方が有力である。第4楽章としてホ長調のロンドD 506を想定する考え方が根強い一方、ベートーヴェンのピアノ・ソナタホ短調(作品90)のように冒頭2楽章を完結した作品として捉え、第3楽章を前作D 557に関連付ける見解もある。
各曲解説
第1楽章:モデラート、ホ短調、4分の4拍子
ソナタ形式を取る。ホ短調の第1主題は、スラーで繋がれた順次進行が多いため、穏和で抒情的な性格をもつ。第2主題は平行調のト長調で提示される(第17小節)。この新たな主題領域は、刺繍音形、和音連打、ワルツ風音形による伴奏として、三連符が絶え間なく鳴り響くことで特徴づけられている。
展開部(第38小節)は、第2主題の素材を用いて構成されている。転調を繰り返し、伴奏音型が変化しても、第2主題に特徴的な三連符が、いずれかの声部で常に鳴り響いている。
この三連符が用いられなくなるのが、第61小節に始まる再現部である。ここでは、第1主題が主調で、第2主題が同主長調で回帰する。第2主題を同主調で回帰させるため、提示部ではホ短調のまま繰り返された主題の再提示(第7小節)を、再現部ではロ短調で行う措置を取っている(第67小節)。
第2楽章:アレグレット、ホ長調、4分の2拍子
ABA’B’という形式を取るが、B部が属調で提示され、主調で再現されることから、「展開部のないソナタ形式」と称されることもある。確かにシューベルトは、属調で提示したB部を主調で回帰させる緊張-弛緩という調原理を本緩徐楽章でも採用している。その一方で、B部では様々な主題が提示され、転調が繰り返されるなど、書法は明らかにソナタ形式楽章と異なっている。
シューベルトが好んで用いたダクテュロス(長短短)のリズムを持つ旋律で始まるA部は、抒情的なホ長調を取り、8小節の楽段が繰り返される前半部と、5小節の旋律が繰り返される後半部から成る。A部には一貫して内声に十六分音符が用いられているが、急にフォルテで現れる和音(第30小節)が十六分音符の流れを止め、新たな形式区分(B部)が幕を開ける。この和音に始まるロ長調のフレーズが2回提示されると、嬰ト短調のセクションが続く(第38小節)。このセクションが素材的にA部に由来することは、十六分音符の伴奏が用いられる点のみならず、ダクテュロスを用いた旋律という点から理解できる。第30~48小節が異なる調で繰り返されると、第66小節において新たなセクションがロ長調で現れる。このセクションは、左手の旋律および三連符による右手の伴奏の両者とも、新出の動機素材が用いられている。第82小節では三連符を内声が引継ぎ、A部に由来するダクテュロスに始まる旋律がドルチェで奏される。そして第97小節では、B部の開始を告げた和音による音形が回帰し、今度は三連符を主軸としてB部がさらに展開する。
第135小節ではA部が再現され、右手をオクターヴで重ねることにより冒頭旋律が変奏されている。B部の回帰は主調で行われる(第160小節)。1回目のB部のように転調を重ねた後、第82小節のドルチェ主題がホ長調で回帰したところで幕となる。
本楽章は、B部に様々な素材が詰め込まれることによって楽章規模の肥大化が起こっており、この意味では後年のシューベルトに典型的な様式的特徴が存分に見て取れる。
第3楽章:スケルツォ:アレグロ・ヴィヴァーチェ、変イ長調、4分の3拍子
主部(ABA’)-トリオ部(CDC’)-主部のダ・カーポ、というスケルツォに典型的な複合三部形式を取るが、特に主部の中間部における素材の多様性により、規模の上で前作までのピアノ・ソナタを大きく上回っている。
冒頭主題は変イ長調で快活に始まる。冒頭では四分音符+長い音符という左手のリズムが提示され、第5小節から四分音符+二分音符というつづまった形になり、このリズム形はA部を特徴づけることになる。属調である変ホ長調で冒頭セクションが閉じると(第12小節)、このリズム形の伴奏に支えられて変ホ長調で旋律が展開し、反復記号となる。
中間部は、まず左手で奏されるレガートの旋律を、右手が追うカノンで始まる。変ホ長調から変ホ短調を経て、変ト長調へと転じると、異名同音の関係を利用して急に嬰ヘ短調の半終止が現れる。これを蝶番として、ゼクエンツを主体とした後半部が続き、A部が回帰する(第83小節)。この再現部では、第13小節の変ロ音に対応する第95小節を変ホ音で再現することで、主調に留まるよう変更が加えられている。
トリオ部は、四分音符+二分音符の伴奏リズムを基調とする主部に対して、八分音符による流れるような伴奏を基調とする。ただし、中間部(D部)に二分音符+四分音符というリズム形が顔を見せることで、主部とトリオ部がリズム的に関連付けられている。