総説
本楽曲には、最初の下書きである不完全な自筆譜が遺されており、その冒頭には「1817年5月」と記載されている。
ソナタ全体の楽章構造を見ると、変イ長調の第1楽章に続き、第2および第3楽章が変ホ長調を取り、楽曲末尾で主調が回帰しないため、3楽章で完結した作品と捉えてよいか疑問が残る。この点について、シューベルト研究では様々な議論がなされてきたが、シューベルトの生前に作成された筆写譜が完全な状態の第3楽章で締めくくられている点や、第3楽章の主題や形式が中間楽章より最終楽章に相応しいと考えられる点から、作曲者は現存する3楽章を1つの作品と捉えていた可能性が高いと考えられている。
各曲解説
第1楽章:アレグロ・モデラート、変イ長調、4分の3拍子
ソナタ形式を取る。分散和音のユニゾンによる第1主題が変イ長調で幕を開ける。続く弱音の推移部(第11小節~)がドッペルドミナント(属調の属和音)で半終止となると、第19小節から弱音のまま属調(変ホ長調)で第2主題が穏やかに提示される。第2主題は反復された際、mfで伴奏音形の音価が小さくなるため、動的になる。
展開部で特筆すべきは、提示部での両主題ではなく、推移部の素材を用いて様々な動機操作が行われる点だろう。そして再現部では、先のピアノ・ソナタ3作品のように下属調ではなく、主調で冒頭主題が回帰する。第71小節の転調を経て変ニ長調で推移部を再現することにより、第2主題が主調で導入される。
これまでのピアノ・ソナタと比べて、本楽章は規模が小さい上、提示部における度重なる転調も控えられている。動機素材や転調を必要最低限しか用いない作曲法は、あたかもシューベルトが、後に定式化される教科書通りの形式による創作を試みているかのようだ。
第2楽章:アンダンテ、変ホ長調、4分の2拍子
A-B-A´という三部形式を取る。変ホ長調で始まるA部は、ゼクエンツによる遠隔調への転調を主眼としている。6小節の主題が変ホ長調で幕を開け、左右の声部交換を伴って反復されると、変ロ長調の三和音へと半終止する。この三和音が導くのは、同主調である変ホ短調の主題提示であり、さらにはその平行調である変ト長調へと転じる(第17小節)。ここから、異名同音で読み替えた嬰ヘ短調を経てニ長調へ、そして三度調関係を用いた変ロ長調への転調を経て、A部末では主調に完全終止する(第33小節)。
再度現れた変ホ長調のカデンツに導かれて、B部が突然に変ホ短調で幕を開ける(第38小節)。B部は、32分音符のパッセージによる動きとデュナーミクの点で、主部とコントラストをなす。このB部内も三部形式となっており、変ト長調と変ニ長調による弱音の中間セクションを挟んでいる。
その後、第71小節で冒頭主題が回帰するとA部の再現となるが、これはA部が単に回帰したのではない。冒頭主題が1オクターヴ低く回帰する点のみならず、変ハ長調や変イ長調/変イ短調へと転じる調性プランの点でも、冒頭のA部と再現されたA´部は異なっており、同じ主題を用いつつ単なる反復を避けるというシューベルトの形式上の試みが見て取れる。
第3楽章:アレグロ、変ホ長調、8分の6拍子
ソナタ形式で書かれた明るい最終楽章。提示部の第1主題領域は変ホ長調を取り、軽やかな弱音のセクション(第1~14小節)と、16分音符の伴奏による動的な強音のセクション(第14~20小節)から成る。第1主題領域が半終止に行きつくと、第21小節から第2主題領域が属調の変ロ長調で提示される。ここでは、同じ旋律が8分音符と16分音符の伴奏に乗って2回奏される。変ニ長調への突然の転調を挟みつつ(第37小節)、提示部は変ロ長調で閉じられる。
展開部は、この変ロ音を属七和音の第7音としたヘ短調で幕を開ける。16分音符の伴奏に支えられた前半部と、8分音符が主体の後半部から成るが、両部ともゼクエンツの多用によって目まぐるしく転調を重ねる。
再現部(第86小節)では、提示部の両領域とも主調で回帰する。提示部で変ロ長調の第2主題領域において変ニ長調へ逸脱したように、再現部でも第2主題領域の同じ個所で、変ホ長調から変ト長調へと逸脱する。ここで見られる、提示部においても再現部においても三度調へと転じる手法は、3つの調で3つの主題を提示するシューベルトの後年のソナタ形式への萌芽と解釈できよう。