ピアノ・ソナタ第6番、第7番、第8番を、プロコフィエフは1939年の同時期に書き始めた。当初からこれらの作品は、一まとまりの成り立ちを持っていたということになる。そのような意図を汲んでか、我が国ではこれらの作品は「戦争ソナタ」と呼ばれ、一方本国ロシアではよりニュートラルに「三部作(Triada)」と言われている。これらの作品においては、初期の作品の激烈な鋭さと力動感が、成熟期プロコフィエフの叙情性や劇場性、そして古典的な形式・様式と混じり合っていると評され、親友の作曲家ミャスコーフスキイはそのさまを「新旧のプロコフィエフの混交」と表現した。
「ピアノ・ソナタ」という無標題の絶対音楽に、どれほど戦争――この場合はロシアでは「大祖国戦争」と呼ばれている、第二次世界大戦――の要素が組み込まれているのだろうか? この疑問に答えることは、実のところ難しい。確かに、これらのソナタのロシア国内外の受容や評価に対し、そしてプロコフィエフ自身の創作環境に対し戦争の要素が作用していたことは確かなことである。しかし、同時代人リヒテルは、自身の回想で、「戦争が始まった」のが1941年だとしており、プロコフィエフの友人で伝記作家のネースチエフも、同様の見解を示している。このような同時代人の考えからすると、1939年時点での一連のソナタの構想と戦争との関係は、(特に1940年にすでに完成していた第6番に関しては)あまりないことになる。激烈さ・残酷さ・凄惨さに大いに関係する戦争のファクターも解釈の一つとして重要だが、これらの大規模な楽曲の解釈に際しては、それ以外の要素――例えば純音楽的な構造や様式、創作過程に何が関わっていたのか、初演はどのように行われたのか、いくつかの楽章では、主題が他の楽曲から転用されていることなど――にも注意しなければならない。
第6番の作曲作業は、スターリンの還暦を祝う大規模なカンタータ《乾杯》を1939年10月にラジオから委嘱されたことで中断しつつも、1940年2月11日には終結し、同年4月8日には、プロコフィエフ自身によるラジオ初演が行われた。演奏会での初演は1940年10月14日、スヴャトスラフ・リヒテルによる。彼自身にとってこの演奏会は、プロのピアニストとしての第一歩を踏み出す記念すべき演奏会となったという。
第1楽章(Allegro moderato)
イ短調、4/4拍子。ソナタ・アレグロ形式による。
力強い第一主題は並行三度の下行動機とダイナミックな跳躍の伴奏を主としており、鋭いリズムとバスの三全音によって形作られる不協和音が鮮烈な印象を残す。響きに加え、シンメトリックになっていない楽節構造が、不安定さをさらに引き立てている。推移部では徐々にエネルギーを放出し、第二主題へと移る。第一主題と全くの対照をなす、脆さすら感じさせる素朴な旋律が、オクターブのユニゾンによって提示される。
大規模な展開部は、対位法的に構成されている。序盤は第二主題の冒頭三音(C-D-Fという音型)を主軸としているが、アーティキュレーションやデュナーミクが一変しており、かつての叙情的な雰囲気は全く感じられない。中盤以降になると冒頭主題の並行三度の断片的な動機とともに、副次主題が完全な形で、ときに拡大されながら出現し、楽曲の頂点を形作る。ここから、第二主題の後半をもとにした、三連符による下行音型を主とする動機が強調される。
展開部の規模の割りを食ったかのように、主題の再現は極度に緊縮されている。第一主題ののち、展開部で拡大された形のまま第二主題が現れ、再現部で現れた要素も交えながら、冒頭動機が単独で現れ言明し、楽章を締めくくる。
第2楽章(Allegretto)
ホ長調、2/2拍子。三部形式からなる。ガヴォットふうのリズムによるスケルツォ楽章。宮廷舞曲に基づく陽気さや優雅さは、プロコフィエフ独特の、大胆なまでに諧謔的な表現へ回収されていく。
Meno mossoの指示により、ややテンポを落とす中間部を迎えると、ガヴォットのリズムは消失し、表現豊かな情感が全面に湧き出てくる。調性や和声は不安定で謎めいており、主部の朗らかさがひずみ、暗雲が立ち込めるようである。変ロ長調で安定したのち、主部が回帰する。この再現は短く、音域も次第に高音へと上昇し、終結に向かう。
第3楽章(Tempo di valzer lentissimo)
ハ長調、9/8拍子。非常に緩慢なワルツ。
主題はハ長調の主和音から始まり、主和音に終わる息の長いフレーズが主題になっているが、主に内声部に付された豊富な臨時記号により、機能和声にとらわれていないように聴こえる。それに加えて、内声部のうねるような動きと和音の分厚さと幅広さが、非常に複雑なテクスチャを作り出している。このうねりに誘われるように、ハ長調の主題は、次々と転調していき、シンフォニックな盛り上がりを見せる。
Poco più animatoと指示され、低音部のさざなみのような音型から始まる中間部は、主要部分とは別個の、非常に荒々しい展開を生み、楽曲に重層的な構造をもたらしている。
第4楽章(Vivace)
イ短調、2/4拍子。古典的な多楽章ソナタの最終楽章の典型を踏襲し、ロンド形式を採用している。
度々繰り返される主題部は、急速な16分音符と、それに応答する独特のリズムが特徴的な旋律を中心とするもの。この主題部が、様々な挿入部と巧みに繋ぎ合わせられる。第一の挿入部はハ長調で、三連符の分散和音の伴奏に乗せられた高音できらめく快活な旋律が耳を引く。第二の挿入部は、嬰ト短調で現れ、旋律と伴奏で組み合わされた連打の音型と、主題部と共通するような16分音符の運動がみられる。
第三の挿入部で楽章はアンダンテにテンポを落とし、第一楽章で出現したモチーフが、第一主題の並行三度の下行動機が登場するのを始めとして回想される。
急速なテンポに戻るやいなや、主題部に組み合わされながら、第二の挿入部がイ短調で、第一の挿入部がイ長調でそれぞれ再現される。主題部が並行三度の下行動機を引き連れて現れ、無窮動へと分解し、三連符で奏でられる不協和な同音連打を引き連れ、熱狂的に曲を締めくくる。