1937年、ヒナステラが国立音楽院在学中の21歳の時に書かれた作品。同年には、彼の名を一躍有名にしたバレエ音楽《パナンビ(蝶)》が発表されており、ヒナステラの才能がいかに早くから開花していたかがうかがい知れる。
後期作品に見られる十二音技法などといった前衛的な表現はまだあまり見られず、民族色を前面に押し出した親しみやすい楽曲で、ヒナステラのピアノ作品を代表する曲のひとつと言える。 またこの曲は、マルタ・アルゲリッチがアンコール曲として好んで演奏されることでもよく知られている。アルゲリッチもまた、ヒナステラと同じくアルゼンチンはブエノスアイレス出身だ。
まず、第一曲目は〈年老いた牛飼いの踊り〉。右手は調号なし、左手には♭5つがつく複調の手法が用いられ、民族的な題材に依りながらも、既に前衛的な姿勢が見受けられる。曲の終わりには、ギターの開放弦(E-A-D-G-H-E)が出てくるが、この音列は〈マランボ〉作品7などにも登場し、ヒナステラが好んで用いたトレードマークといったもの。
つづく〈粋な娘の踊り〉の冒頭にもギターを彷彿させるような伴奏形が登場し、アルゼンチンらしさを醸し出している。原題にある「donosa」とは、上品で粋な女性を表す言葉であるが、その名の通り、この曲には優雅さと気品が漂っている。というのも、アルゼンチンを含め中南米の舞曲の中には、ヨーロッパの宮廷舞曲をルーツに持つものが多くあるからであり、本作もまさに「上品で粋」な一曲となっている。
そして、曲集の最後を華々しく飾るのは〈はぐれ者のガウチョの踊り〉。「ガウチョ」とは、パンパと呼ばれる草原地帯で牧畜を営む、いわば南米のカウボーイ。職業としてのガウチョは、19世紀に消滅してしまったが、今日でもアルゼンチンの勇敢な男の象徴である。この「アルゼンチン舞曲」にはうってつけの題材だ。
楽曲中には、アルゼンチン北西部発祥のチャカレーラやサンバ(ブラジルのサンバとは別のもの)、マランボといった民族舞曲が使われている。これらの民族舞曲はいずれも、ガウチョたちが草原で踊っていたものである。