作品概要
作曲年:1937年
出版年:1939年
初出版社:Durand
楽器編成:ピアノ独奏曲
ジャンル:曲集・小品集
総演奏時間:7分30秒
著作権:保護期間中
解説 (3)
執筆者 : 小林 由希絵
(876 文字)
更新日:2018年3月12日
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執筆者 : 小林 由希絵 (876 文字)
1937年、ヒナステラが国立音楽院在学中の21歳の時に書かれた作品。同年には、彼の名を一躍有名にしたバレエ音楽《パナンビ(蝶)》が発表されており、ヒナステラの才能がいかに早くから開花していたかがうかがい知れる。
後期作品に見られる十二音技法などといった前衛的な表現はまだあまり見られず、民族色を前面に押し出した親しみやすい楽曲で、ヒナステラのピアノ作品を代表する曲のひとつと言える。 またこの曲は、マルタ・アルゲリッチがアンコール曲として好んで演奏されることでもよく知られている。アルゲリッチもまた、ヒナステラと同じくアルゼンチンはブエノスアイレス出身だ。
まず、第一曲目は〈年老いた牛飼いの踊り〉。右手は調号なし、左手には♭5つがつく複調の手法が用いられ、民族的な題材に依りながらも、既に前衛的な姿勢が見受けられる。曲の終わりには、ギターの開放弦(E-A-D-G-H-E)が出てくるが、この音列は〈マランボ〉作品7などにも登場し、ヒナステラが好んで用いたトレードマークといったもの。
つづく〈粋な娘の踊り〉の冒頭にもギターを彷彿させるような伴奏形が登場し、アルゼンチンらしさを醸し出している。原題にある「donosa」とは、上品で粋な女性を表す言葉であるが、その名の通り、この曲には優雅さと気品が漂っている。というのも、アルゼンチンを含め中南米の舞曲の中には、ヨーロッパの宮廷舞曲をルーツに持つものが多くあるからであり、本作もまさに「上品で粋」な一曲となっている。
そして、曲集の最後を華々しく飾るのは〈はぐれ者のガウチョの踊り〉。「ガウチョ」とは、パンパと呼ばれる草原地帯で牧畜を営む、いわば南米のカウボーイ。職業としてのガウチョは、19世紀に消滅してしまったが、今日でもアルゼンチンの勇敢な男の象徴である。この「アルゼンチン舞曲」にはうってつけの題材だ。
楽曲中には、アルゼンチン北西部発祥のチャカレーラやサンバ(ブラジルのサンバとは別のもの)、マランボといった民族舞曲が使われている。これらの民族舞曲はいずれも、ガウチョたちが草原で踊っていたものである。
解説 : 住谷 弥生
(277 文字)
更新日:2019年11月29日
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解説 : 住谷 弥生 (277 文字)
アルゼンチン舞曲集は、ヒナステラが20代である若い頃の作品で、故郷であるアルゼンチンの民族色が豊かに溢れた曲集である。1曲目は、年老いた牛飼いの踊り。左と右で調号が違うユニークな曲で、おどけたようなリズムが楽しい。最後に、E-A-D-G-H-Eとギターの開放弦のようなフレーズが登場し、2曲目へと繋いでいる。2曲目は、粋な娘の踊り。ギターを彷彿とさせる伴奏形の上に、民族衣装を纏った娘が少し哀しげに踊っている。 3曲目は、ガウチョの踊り。ガウチョとは、南米のカウボーイのような牧畜を営む若者のことで、打楽器を打ち鳴らすかのような激しく勢いのある曲である。
解説 : 川端 美都子
(1040 文字)
更新日:2024年1月21日
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解説 : 川端 美都子 (1040 文字)
本作品に登場する3名の人物像は、ガウチョ物語に見られるある種の紋切型とも言える――近代化により自由を奪われ、エスタンシア(大農園)のペオンpeón(賃金労働者)となったガウチョ、勇壮なガウチョの幻影に恋焦がれる農園の娘、社会的ルールから逸脱し、かつての雄姿を彷彿とさせるお尋ね者のガウチョ。この三者と、それぞれに紐づけられた地方舞踊音楽が織りなすパンパの風景が生き生きと描かれた作品である。
〈年老いた牛飼いの踊りDanza del viejo boyero〉
ガウチョが激しいステップを競いあう地方舞踊音楽のマランボmalamboのリズムがベースとなっている。この作品から感じられる「チグハグさ」は、左手が黒鍵のみで、右手は白鍵のみで演奏される複調性から来ている。前半に音の激しさがピークに達した後、音量は絞られ、最終部ではギターの開放弦と同じ音列が登場する。チグハグなステップとギターの音色は、アルゼンチンの近代化の過程で新旧の価値観に翻弄された過去を持つ、年老いたガウチョの哀愁を表しているのかもしれない。
〈粋な娘の踊り Danza de la moza donosa〉
地方舞踊音楽であるサンバzamba(ブラジルのサンバsambaとは異なる)の、優雅でゆったりとしたリズムに乗せたメランコリックな旋律が特徴的である。クレッシェンドと半音階の上行により緊張感が高まったかと思うと、すぐに旋律が下行していく様は、まるで娘が報われない恋に、溜め息をついているかのようである。中間部では、物悲しさから一転し、娘が辛い心の内を吐露するかのように激しさを増す。しかし、この激情も長くは続かない。ただし、雷鳴が遠ざかるかのようなコーダの後、意表をつく不協和音が鳴らされることで、娘の苦悩がまだ心の奥で燻ぶっているような余韻が残される。
〈はぐれ者のガウチョの踊りDanza del gaucho matrero〉
激しく、リズム的要素の強い作品。冒頭の緊迫感のある半音階の下行形や不協和音の繰り返し、そして唐突に鳴らされる和音は、危険な「はぐれ者」のガウチョの存在を匂わせる。地方舞踊音楽ガトgatoの旋律とリズムが用いられた後、1曲目で出てきた複調性が短く現れる。その後、マランボに特有の和音の組み合わせ(I-IV-V)と、激しいリズムで壮大に終結する。祝祭的なガウチョの描写を通して、ヒナステラはこのガウチョに、お尋ね者の烙印ではなく、自由と誇りを取り戻させようとしたのかもしれない。