《ピアノのためのからたちの花》は、山田耕筰の歌曲の中でもとりわけ人口に膾炙している《からたちの花》をピアノ独奏曲にパラフレーズした作品である。この作品の楽譜が収録されている『山田耕作全集: ピアノ曲集 第11巻』(山田耕作編、春秋社、1931年)によれば、《ピアノのためのからたちの花》は北原白秋に捧げられた。1925(大正14)年、雑誌『女性』に発表された歌曲の《からたちの花》は、北原の詩によるものである。山田と北原は1922年に雑誌『詩と音楽』を創刊するなど親交が深く、《この道》、《待ちぼうけ》をはじめとする多くの歌曲を共作した。
山田によると、《からたちの花》は「私の曲のうちで最も大衆に親しまれてゐるものだが、最もむづかしい曲の一つ」でもある。その難しさは、「極めて単純に書かれてある」点と「日本語を生かして」作曲されている点に起因する。彼は折に触れ、《からたちの花》の旋律構成について解説し、自ら歌唱方法を説いた。2001(平成13)年に岩波書店から出版された『山田耕筰著作全集Ⅰ』にも、《からたちの花》の歌唱に関する記述が掲載されている。その指示は、「『からたち』のかをやゝ抑へて漸弱し、らたちは、むしろ軽く流すやうにする」「『白い白い』の、はじめのしろいは、訝るやうに、やゝ逡巡ふやうに唱ひ…」「『花が』は、はをpにし、なをppとして、極めて少量に漸強してがに入る」などの如く、実に詳細にわたっている。音高や音価は言うまでもなく、例えば強弱記号、アーティキュレーションなども含め、山田は一つ一つの音と記号にそれぞれ意味を持たせた。上記の要求は歌曲の《からたちの花》に向けられたものであったが、ピアノ曲を演奏する際においても、山田の楽譜から読み取るべきものは多いと言えるだろう。
《ピアノのためのからたちの花》は、単に歌曲がピアノ演奏用に編曲されたものではない。のびやかな旋律はピアノの特色を活かしながら装飾的且つ自由に展開されており、弾きごたえのある作品となっている。