山田耕筰の歌曲「からたちの花」の山田自身によるピアノ編曲版で、山田のピアノ曲の代表作ということができよう。美しく清書された自筆譜からは山田の息遣いが感じられる。初版には、「白秋兄へ 耕作」と北原白秋への献辞が書かれている。初版は、昭和3年5月に日響楽譜から出版され、その3年後の昭和6年7月に出版された春秋社「山田耕作全集 第十一巻」(旧全集)にも掲載された。
流麗な左手の伴奏形に乗って、右手の歌が自由に歌われる。山田はクレッシェンドやディクレッシェンドの松葉の記号を多用しているが、歌の抑揚の意味合いであろう、自然な表現を目指したい。また、メロディに付記されたスタッカートを用いて、軽やかな足どりと推進力を感じて演奏されたい。
12小節目右手2拍半の音は、自筆譜ではas・as、出版譜ではges・gesである。続く13小節1拍目は、自筆譜では左手des・as・des・fのアルペジョ、右手as・des・f・asのアルペジョ、出版譜では左手des・des、右手des・f・as・desのアルペジョである。自筆譜の音で演奏すると内省的な雰囲気、一方出版譜の方は開放的な響きが出ると思う。どちらで演奏するかは演奏者の判断に委ねたい。(ミューズ・プレス『山田耕筰ピアノ曲拾遺第二集 山田耕筰歌曲によるピアノ編曲』巻末に自筆譜の譜例記載)
42小節目はその前からのペダルを踏みかえず、豊かな響きの中で奏されるのに対し、46小節目はsenza pedaleの表記通りペダルなし、accel.のスピード感で、スケルツァンド的な表情を見せる。続く小節線上のフェルマータで一瞬時が止まり、ppのアルペジョで緩んで色彩が溶けるように。こうした楽譜に書かれた微細な時と色彩の美しさが、歌曲「からたちの花」の世界に一層の彩りを与えている秀逸な歌曲編曲となっている。
【楽譜情報】
●自筆譜 Ms.329
●初版
●春秋社旧全集
●春秋社新全集
●ハッスルコピー
●全音ピアノピース
●音楽之友社「日本の変奏曲」
●ミューズ・プレス「山田耕筰ピアノ曲拾遺第二集 山田耕筰歌曲によるピアノ編曲」