《からたちの花》は山田耕筰の歌曲の中でも特に有名な作品であり、冒頭の「からたちの花が咲いたよ」の詩を読めば自ずと誰もがメロディを口ずさめるのではないだろうか。この作品は 1925 年に北原白秋の詩に作曲され、ソプ ラノ歌手・荻野綾子に献呈された。
白秋と山田は1922 年に雑誌『詩と音楽』を共同主宰で創刊し、同誌においては詩と音楽の関係性についての論考や、歌曲作品を発表するなど、親交を重ねていた。そうした交流ののち に生まれたのがこの作品である。
カラタチは鋭い棘を持つミカン科の低木で、 春に白い花を咲かせ、その後につく実は秋に黄色く実る。「からたちの花」を視覚対象に心情が述べられる白秋の詩に、山田は自身の幼い日を重ね、ノスタルジーを感じたという。
詩は六連から成り、山田は基本的に 8 分音符 に 1 字を当てながらまるで語るような旋律をそれぞれの言葉につけている。旋律に合わせて拍子を変化させており、これは《この道》にも見られる技法である。これによって旋律は言葉に沿って形作られることが可能になり、山田が言うところの音楽の「重軽」を得ていると言えよう。なお、同詩を用いて作曲された《からた ちの花 第 2》は有節歌曲となっている。
のちの1928 年には、作曲者自身がピアノ独奏曲に編曲し、白秋に献呈された。歌曲の旋律をアルペッジョで装飾しており、歌曲で少ない音数で表現されているのとは対照的な華やかさを持つ。