作品概要
作曲年:1817年
出版年:1871年
初出版社:Gotthard
楽器編成:ピアノ独奏曲
ジャンル:スケルツォ
総演奏時間:7分30秒
著作権:パブリック・ドメイン
解説 (2)
総説 : 堀 朋平
(907 文字)
更新日:2018年3月12日
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総説 : 堀 朋平 (907 文字)
シューベルトのピアノ舞曲
19世紀初頭は、18世紀に流行した貴族的なメヌエットが、より民衆的でダイナミックなドイツ舞曲やレントラーに座をゆずった後、やがて華やかなワルツに移行しようとしていた時代である。2手用と4手用あわせて約650曲に上るシューベルトのピアノ舞曲も、これら3拍子系の曲種を中心に伝承されている。ヴィーン会議(1814~15年)後に隆盛を見たワルツのリズムをシューベルトも愛したが、残された楽譜を見るかぎり、作曲家が「ワルツ」の名称を使ったのは1回だけであった。この事実からも、各舞曲の性格はそれほどはっきり区別されていなかったと考えてよい。
シューベルトにとってのピアノ舞曲は、まずは内輪の友人たちの集いにBGMを提供し、なごやかな社交の雰囲気を作り出す曲種だった。やがて腕前が世間に知られていくにつれ、公の大きなダンスホールに招かれてピアノを弾く機会も増えていった。その場の雰囲気にあわせて即興で弾いた曲のなかから、特に気に入ったものを後で楽譜に清書していたらしい。そうして書きためられていった舞曲は、歌曲と並んで初期の出版活動の中心をなした。
シューベルトがピアノ舞曲を弾く様子は、友人たちの数ある証言のなかでも最もしばしば、そして生き生きと回想される場面の一つだった。それらの証言が12月~2月に集中しているのは面白い事実である。南方とはいえヴィーンの冬は厳しい。彼らは寒い夕べに皆で集い、心身の暖を取っていたのである。そんなある夜、人生に疲れた親友をシューベルトの即興演奏が癒す様子を描いた詩すら残されている。こうした場面はシューベルトの音楽の原風景をなすものであり、そこで生まれた舞曲は、時に精神のドラマをはらむ緊密なチクルス(まとまった曲集)にまで発展することがあった。この性質をよく認識していたのがロベルト・シューマンである。シューベルトの舞曲チクルスのいくつかは、やがて《ダーヴィド同盟舞曲集》(1837年)につながるほどの緊密な作品集になっているのである。
友情、社交、そして精神の旅路――この3つの領域をゆるやかに横断しつつ、シューベルトのピアノ舞曲は人の心と身体を暖めてくれる。
成立背景 : 堀 朋平
(1011 文字)
更新日:2018年3月12日
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成立背景 : 堀 朋平 (1011 文字)
自筆譜は失われたが、友人J. W. ヴィッテチェクとJ. シュパウンが作曲家の死後に作成したカタログによれば、どちらも1817年11月に成立し(出版は1871年)、「第1番」「第2番」という一続きの音楽と見なすことができる。「スケルツォ」だけが2曲、独立して書かれた事実は意外に思われようが、1817年という年は、ピアノ音楽でさまざまな実験が試みられた、注目すべき年である。自筆譜はしばしば統一を欠いており、本来ならソナタに属するはずの楽章が、別ジャンル(歌曲や弦楽四重奏曲など)の自筆譜に続けて書きつけられている例もある。現在では、異なる楽譜の束に書かれた複数の楽章を、一つのソナタに属すると見なす習慣が定着している(D 570、D 571、D 604など)。実際シューベルトも、この「2つのスケルツォ」第2番のトリオを、同じ年の1月に書かれたソナタ(D 568)第3楽章のトリオに、やや違ったかたちで用いている。要するに、断片的に書かれたこの年の諸楽章は一種の「アイディア帳」の紙片であり、統一的な作品としてのまとまりを欠いてはいるものの、中期シューベルトの野心あふれる実験的な音の宝庫でもある。
第1番(変ロ長調/変ホ長調) 中規模の主部とトリオからなる3部分形式で、ソナタの第3楽章に匹敵する。拍節構造、調構造ともに明白な、この時期の実験からするとむしろ平凡な作りを持つが、未来を指し示す小節もある。たとえば、バス声部が沈黙し、根音を欠いた3連符の音型が旋回する第45小節以下などは、調の感覚を宙吊りにする効果を狙ったもので、後年のシューベルト作品ではこうした音響から不意に短2度上へ移るような語法が一般化してゆく。トリオの後半では、当時のピアノの最低音(F音)にまで届くバス声部が存在感を示す。
第2番(変ニ長調/変イ長調) 第1番と同様の構成をもつが、特に3つの点で、第1番よりも変化に富んだ表現が意図されている。まず強弱の起伏がはるかに大きい点。そして鍵盤を異なる音域を自在に動く点。最後に(これは最初期の器楽にも頻繁に見られる傾向だが)4小節の拍節単位を逸してしばしば5小節を単位とする点である。なお、変ニ長調を主調に据えるという当時としては異例の選択は、1817年のピアノ・ソナタ群に調号の多い調ばかりを使って新たな響きを追求したことから説明される。ホ長調という遠い調をしばしば行き来する点も同様である。
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