シューベルトは1815年からピアノ・ソナタの作曲をスタートする。
ベートーヴェンは10曲のピアノ・ソナタを作曲したのちに交響曲を手掛けた。音の響きや音型の動き、重なりなどを試す意味があったと思われる。シューベルトのソナタにも、当時の多くの作曲家の「ソナタ」と同様アカデミックな面がある。
はじめにD157E-dur、次にD279を作曲したが何れも3楽章メヌエットで終わり4楽章が未完であるために不完全なソナタとされていた。1816年にD459を作り始め、途中で断念したのちに1817年に6曲のソナタを完成させた。
創作の流れの中にD617の4手連弾用ソナタが作曲された。全3楽章から成る。
第一楽章 アレグロ・モデラート 提示部(~68) 属七の華やかな序奏に始まり第1主題(A4~8)が歌曲のように自然な流れで歌われる。続いてエピソード部(B20~)durとmollが交互に変わりながら第2主題(C27~)プリモの下の声部にF-durで登場する。ここの特徴は3連符とスタッカートで奏される。セコンドにも同じリズムの動きが共存している。
ここの符点のリズムと3連符が混在するとき、シューベルトの場合は3つ目の音を合わせることを意味する。
作曲の方法としてシューベルトは旋律を先に作り、あとから伴奏部を付けたと言われている。短い第2主題のあとリズムはそのまま継承してエピソード部(D33~)へ移っていく。
このエピソード部はセコンドのベース音Des音が保続されDes-durへ突如転調されている。セコンドが6度音程の重音での誘い出すような旋律を奏でながらプリモの上声、下声にポリフォニック的な旋律が登場。その後ユニゾンでも奏される。
45小節よりエピソードの2と考えるが急に#系の和音CisEGisが鳴る。この和音を異名同音で考えるとDesFesAsとなる。前の♭調のとの共通和音になるのでエンハーモニック転調である。プリモはソプラノ旋律からアルトの旋律と受け継ぎ交互に呼応する。ソプラノやセコンドベースにトリラーを伴いながら転調とdur mollを交互に繰り返す。
シューベルトの即興性や旋律と伴奏を融合させる手法と言える。転調が多いので演奏の際はしっかり調性を把握してニュアンスを考えるように。音作りも考察のこと。
54小節より小結尾(E)に入る。エピソードBのリズムが時折登場する。
69小節より展開部 小結尾(F)からの続きのリズム、またはエピソード部(B)のリズムが登場。プリモ、セコンドが同じリズムを掛け合うのでよく動きを聴きながらバランスよく弾こう。セコンドの右手に置かれた動きは和音の伴奏として考える。ここの調性は曖昧であるがFisを異名同音でGesに移行して73小節でes-mollと判断できる。次にb-moll f-moll c-mollと転調していく。はっきりした属音から主音への終止での転調ではないが音階の動きが微妙に変化音を伴いながら転調していく。
セコンドの右手は和音連打、そしてffになっているがやかましくならないようにベースの音階の動きやプリモの上声の音階をよく聴き合って呼応していくように。
84小節拍頭で♭調から#調へ転調。和声学的には83小節目As-durの変化音増六の和音と解釈する。このEGisHDは異名同音でFesAsCesEsesとなる。
87小節からのA-durの属和音、属七の和音はEGisHDとなるのでエンハーモニック転調と考える。この87小節から新しい旋律がユニゾンで現れる。ここの音の動きは主和音から増三和音を経てD-durへと思いきや、Aを半音上げてAisを含むh-mollの属和音へと進む。またすぐにAisをBに変換してB-dur.、次に同主調のb-mollへと転調していく(99小節)。
エンハーモニック転調をふんだんに使いながら転調しているので、特にその変わり目の「異名同音の音」を前の調での音と次の調での音の音色や響きのニュアンスをよく考えて鍵盤上での音作りをしよう。
99小節からセコンドベースにF音が保続されて再現部へとすすむ。再現部は殆ど提示部の再現で同様である。
第二楽章 アンダンテ・コン・モート 大変美しい緩徐楽章、弱奏でd-mollで始まる。プリモ、セコンドが一体となってしっとりした美しい響きを持つ旋律と考える。1小節目の2拍裏拍の変化音は増六の和音であるが始まって直ぐにここで緊張感とニュアンスの工夫を感じるであろう。8小節のフレーズはF-durへ転調。前の旋律の動きを受けて次の8小節はF-dur a-moll d-mollへと落ち着く。リピートがあるのでA部は32小節間。
17小節~ここからセコンド伴奏形が変わりベースB音の保続音上に和音を分散した形が続いていく。プリモは二声の旋律でカノンではないが追いかけているかのようである。33小節よりベースがD音に変わり転調の兆候が見えてg-mollの属音でフレーズを終える。
37小節より。ここの旋律はAの旋律と同じ動きで少し変化している。調性はEs-durに始まりGes-dur、同主短調のfis-moll A-dur D-durの属音で半終止的。
69小節d-moll同主調のD-durで再現される。76小節から主題がプリモの下声、つまり左手に移り上声はオブリガートの感じ。
101小節よりCodaで終結。
第三楽章 アレグレット 全体は大きく3つに分かれると思う。
第一部(~73) 曲の始まり方が唐突としているがB-durである。6/8拍子の流暢な第1主題部が16小節間続く。このリズムはシチリアーノと考えられる。次に主題旋律の後半の音型をセコンドベースが受け継ぎ模倣する。そして再び旋律はプリモへと移行されていく。「歌曲の王」シューベルトならではの次々とあふれ出る旋律、そしてプリモからセコンドへの音の動きもハーモニーを支えながら旋律を共存する、呼応するなど自然である。ここのセクションは互いの流れの中でバランスをよく聴きながら奏するように。
30小節からプリモの3小節間の次への橋渡しを経て33小節から第2主題と考えるが、調性はGes-dur Des-dur F-durと転調。遠隔転調ではあるが、F-durのナポリの六を紐解けばBDesGesの和音が浮かび上がりナポリ調での関連性とも言えよう。ここのセクションもプリモとセコンドのリズムが共存している。
54小節からは小結尾前のF-durでの旋律がポリフォニック的に顔をだし62小節で終止。即興的であるが16分音符の軽やかな動きも流れを止めず自然である。シチリアーノのリズムが一貫して続く中での即興性であり統一感も感じられる手法と考える。
第二部(74~111) 前の小結尾に登場した16分音符の音型を引き継ぐ。和音、音階風、アルペジオ風の音型が両声部に登場。シューベルトにしては珍しく旋律が見られない展開部である。調性もシンプルでd-moll B-durのみである。そしてシチリアーノのリズムも見られない。このセクションは決して機械的にならいように古典派とロマン派端境期に位置するシューベルトの音楽を感じながら奏してみよう。
第三部(112~) 第一部の再現である。第1主題に対しての第2主題のCes-durはやはりナポリ調である。 シューベルトの時代の和声はスタンダードなもの、そこへ増六の和音やナポリの六の和音などで最大限に変化を付けたとも感じられる。転調に置いてはシューベルトならではと思われる。古典派に属するハイドンもサプライズと思える突然な転調を用いているし、もっとさかのぼりバロック時代に活躍していたスカルラッティも突然かけ離れた転調を用いている。このようなことから作曲家はそこに留まるだけでなく許容範囲の中であらゆる試みに挑戦して開拓していこうとしていたかの足跡が見える。