シューベルト :4つのポロネーズ D 599 Op.75
Schubert, Franz:4 Polonaisen D 599 Op.75
総説 : 堀 朋平 (907文字)
シューベルトのピアノ舞曲
19世紀初頭は、18世紀に流行した貴族的なメヌエットが、より民衆的でダイナミックなドイツ舞曲やレントラーに座をゆずった後、やがて華やかなワルツに移行しようとしていた時代である。2手用と4手用あわせて約650曲に上るシューベルトのピアノ舞曲も、これら3拍子系の曲種を中心に伝承されている。ヴィーン会議(1814~15年)後に隆盛を見たワルツのリズムをシューベルトも愛したが、残された楽譜を見るかぎり、作曲家が「ワルツ」の名称を使ったのは1回だけであった。この事実からも、各舞曲の性格はそれほどはっきり区別されていなかったと考えてよい。
シューベルトにとってのピアノ舞曲は、まずは内輪の友人たちの集いにBGMを提供し、なごやかな社交の雰囲気を作り出す曲種だった。やがて腕前が世間に知られていくにつれ、公の大きなダンスホールに招かれてピアノを弾く機会も増えていった。その場の雰囲気にあわせて即興で弾いた曲のなかから、特に気に入ったものを後で楽譜に清書していたらしい。そうして書きためられていった舞曲は、歌曲と並んで初期の出版活動の中心をなした。
シューベルトがピアノ舞曲を弾く様子は、友人たちの数ある証言のなかでも最もしばしば、そして生き生きと回想される場面の一つだった。それらの証言が12月~2月に集中しているのは面白い事実である。南方とはいえヴィーンの冬は厳しい。彼らは寒い夕べに皆で集い、心身の暖を取っていたのである。そんなある夜、人生に疲れた親友をシューベルトの即興演奏が癒す様子を描いた詩すら残されている。こうした場面はシューベルトの音楽の原風景をなすものであり、そこで生まれた舞曲は、時に精神のドラマをはらむ緊密なチクルス(まとまった曲集)にまで発展することがあった。この性質をよく認識していたのがロベルト・シューマンである。シューベルトの舞曲チクルスのいくつかは、やがて《ダーヴィド同盟舞曲集》(1837年)につながるほどの緊密な作品集になっているのである。
友情、社交、そして精神の旅路――この3つの領域をゆるやかに横断しつつ、シューベルトのピアノ舞曲は人の心と身体を暖めてくれる。
成立背景 : 堀 朋平 (377文字)
1818年の7月、21歳の夏にシューベルトは、現ハンガリーにあるエステルハージ家の邸宅を訪れ、4か月ほど住み込んで二人の令嬢マリーとカロリーネに音楽を教えた。本作は彼女たちの教育のため、2人が連弾することを想定して書かれたと考えて間違いないだろう。それ以外の成立背景を示唆するいかなる資料も見つかっていない。当地で書かれた舞曲(すでに6月に書き取られていたものもある)をもとに1827年、「4つのポロネーズ 作品75」がディアベッリ社より出版された。ただし出版の際に作曲家自身がかなりの手を加えており、この編集の過程で元の舞曲の配置も大きく変更された。シューベルトが舞曲を出版する際に一度ならず見られたことだが、元々はトリオだった部分が主部に移される、といった大規模な修正もなされた。後で触れるように、その処置は曲集の性格づけにも関わっていると思われる。
楽曲分析 : 堀 朋平 (976文字)
シューベルトのポロネーズはいずれも、主部―トリオ―主部の三部分形式で書かれており、各部分は繰り返される。本作では4曲ともに、主部は同じ長さの前半(4小節)と後半(16小節)からなる。いっぽうでトリオは長さも表現内容もじつに多彩であり、先に引用したシューマンの日記は、トリオが拓く豊かな音の世界を言い当てたのではないかと思われるほどだ。4曲が、調のドラマの点でも楽想の点でも聴き手と弾き手を飽きさせない一つの「チクルス」として、作曲者自身によって構想され配置されたことは明白であろう。
第1曲(ニ短調/イ短調)
重厚にして簡潔なニ短調の主題で曲集は幕を開ける。主部の後半(第19小節~)で聴かれる変ロ長調の響きは、ニ短調という主調からすると♭方向に傾いた下属調の役割を果たし、終わりが近いことを知らせる。その意味で、この箇所に付された「p」の指示は見過ごせない。加えて、この調は続く第2番を予告する意味も持つため、なおさら重要である。
第2曲(変ロ長調/ニ短調)
一転して軽やかな高音域を跳ね回る冒頭では、特徴的なデュナーミクを生かしつつ、ポロネーズのリズムを担うプリモの旋律とセコンド右手の息をしっかり合せたいところだ。すでに変ニ長調という遠い響きを聴かせる主部と、むしろワルツのような感傷が広がるトリオからなるこの曲は、シューマンの言う「厳かにまどろむ」第1曲に「ロマン的な虹」を架けて新たな世界を告げ知らせているかのようだ。
第3曲(ホ長調/変ニ長調)
上空を住処とする「虹」の世界が続く。くっきりしたポロネーズのリズムに、4曲中で最も細やかな装飾をもつ高音域の旋律が魅力的に絡んでいる。主部より長いトリオは、曲集全体のクライマックスをもなす。前曲で予告的に聴かれた変ニ長調の甘美さがここで十分に展開される。それはショパンのワルツを先取りするが、まだ19世紀初頭の音楽理論家はこの調を、ごくひめやかな感情を表すもので「主調には適さない」と考えていた。それほど繊細なトリオなのだ。
第4曲(ハ長調/ヘ長調) 調も主題も、フィナーレにふさわしく晴れやかでシンプルなものに戻る。リズムも単純化されている。じつはこの主題は当初、別のポロネーズ(D 618A)の「トリオ」のものであった。出版にあたってシューベルトは、軽快なトリオを主部に持ってきたのである。
第1番 D 599/1 Op.75-1
調:ニ短調 総演奏時間:3分30秒
動画1
解説0
楽譜1
編曲0
第2番 D 599/2 Op.75-2
調:変ロ長調 総演奏時間:3分00秒
動画2
楽譜0
第3番 D 599/3 Op.75-3
調:ホ長調 総演奏時間:4分30秒
第4番 D 599/4 Op.75-4
調:ヘ長調 総演奏時間:4分00秒
動画3
4つのポロネーズ 4. ヘ長調
4つのポロネーズ 第1番,D599/1,Op.75-1
4つのポロネーズ 2. 変ロ長調
4つのポロネーズ 3. ホ長調
4つのポロネーズ 第3番,D599/3,Op.75-3
4つのポロネーズ 第2番,D599/2,Op.75-2
4つのポロネーズ 第4番,D599/4,Op.75-4