1809年に作曲され、1810年に出版された。ブルンスヴィク伯爵に献呈。これはJ.S.バッハに代表されるチェンバロ用のトッカータやファンタジー、C.P.E.バッハの自由なファンタジーの作品の特徴が凝縮された楽曲であると言える。例えば、即興的な性格、性格の異なるモティーフによるつなぎ、変わりゆく調やテンポといった特徴が挙げられる。調性はト短調、ヘ短調、変ニ長調、ロ長調、ニ短調、ニ長調、ロ短調、ロ長調、ハ長調......と多くの調が入り乱れる。この曲は《幻想曲ト短調》と紹介されることもあるが、実際にト短調なのは冒頭の数小節のみなので、あまり「ト短調の曲」とは言えないかもしれない。
音型は、即興的なものと拍節的・旋律的なものが交互に現れる。例えば前者は急速な音の上行/下行など細かい連符、後者は和音のスラーがかかったなめらかな音型である。テンポも緩急混在するが、「急」に当たる部分では情熱がほとばしるような緊迫感、「緩」に当たる部分では和声の変化による明暗や静寂が感じられる。