HWV441 G-dur
様式面の未熟さから、研究史上、本作品はヘンデルの初期作品と位置付けられることが多かった。しかし本作品の様式は、ヘンデル初期のそれではない。更に本作品はドイツにおけるヘンデルの鍵盤作品の史料のいずれにも含まれておらず、現存史料の状況からもヘンデルの真正性は疑問視されている。
アルマンドの冒頭は1711年に出版されたクラークJeremiah Clarkeの練習曲選集所収のG-durのアルマンドの冒頭と似ており、また様式的な稚拙さからもヘンデルの真正性は疑われている。全体は簡素な2声体で書かれ、左手は和声進行の呈示、右手は旋律声部に徹し、声部交換は見られない。ほぼ全てのフレーズは2小節単位で、動機操作や風変りな転調もない。形式、和声、旋律構造のいずれも極めて単純である。
アレグロ、アリア、メヌエット、ジグはヘンデルの様式的特徴が見られず、真の作者はウィリアム・バベルWilliam Babellと推測されている。アリアは、現存写譜集の中でバベル作と明記されている写譜がある。メヌエットとジグは、写譜がバベル作と明記されたアリアの写譜と同じ写譜集に含まれるのに加え、これとは別にバベルによる写譜集にも存在することから、バベル作である可能性が提起されている。
アレグロは弱拍の音階と、和声を明示する低声の分散和音を主要動機とし、動機の変形や形式構成において特に風変りな点は見られない。終止カデンツは楽章通して例外なく、両手の平行3度の下行となる。同様の音形はアリアのカデンツにも見られるが、これはヘンデルの作品には非特徴的である。
メヌエットは右手の単旋律と左手のオクターヴ和音の模倣で始まる。この楽章冒頭の楽節は、後にD-dur、e-moll、h-moll、そして最後に再び主調G-durで現れる。これらの冒頭楽節の間は、音階を中心とした16分音符の走句で埋められる。
ロンド形式と変奏というガヴォッタの構成は、1717年出版の、バベルの練習曲集所収のエアと変奏に類似する。他にも第56-64小節の音形がバベルの作品との共通点として指摘されている。ドゥーブルにおける旋律の装飾変奏は、分散和音や音階による単純なもので、この変奏技法の稚拙さも真正性を否定する根拠となっている。
ジグの前後各半部分は、は軽快な跳躍とトリルの動機で始まる。旋律声部は音階ないし分散和音の反復を主とし、終止カデンツまで一様なリズムを刻み続ける。休みなく続く八分音符と動機の反復、そこまで厳格な規則性を持たない旋律線の上行、下行の変化が、音楽の流動性を支えている。
本作品で唯一、真正性が高いのはクーラントである。形式構造は解りやすく、楽節は押し並べて2小節か4小節から成る。旋律声部は音階と分散和音の対照的な動機の交替で書かれている。音響に関して言えば、スカルラッティを思わせる密集した両手の平行3度が、前後の部分と対照的な音域の変化をもたらしている。