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サン=サーンス :6つのエチュード Op.111

Saint-Saëns, Camille:Six études Op.111

作品概要

作曲年:1899年 
出版年:1899年 
初出版社:Durand
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:練習曲
総演奏時間:19分20秒

解説 (1)

執筆者 : 中西 充弥 (1473文字)

更新日:2015年4月27日
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第1曲は1892年に作曲され、残りは1899年1月にスペイン領カナリア諸島のラス・パルマス(・デ・グラン・カナリア)で作曲された。初演時の詳細は不明。  サン=サーンスはもともと体が弱く、パリの冬の寒さには耐えられないので、避寒のために北アフリカに毎年のように旅行していた。アルジェリアやエジプトが主な訪問先であったが、ラス・パルマスにも合計7度訪れている。ラス・パルマスへの最初の訪問は1889年であった。前年、サン=サーンスの母が亡くなり、精神的支柱を失って(つまりマザコンであったのだが、本人の名誉のために言うと、彼は生後すぐに父親を亡くしており、母親の影響力が絶対的であったのである)、糸が切れた凧のように一時期素性を隠して放浪の旅に出たのであるが、その逗留地として選んだのが、当地であった。よって、サン=サーンスにとっては隠れ家的な場所であった。《カナリアのワルツ》はまさにその隠棲の時期に書かれたものである。 第4曲「ラス・パルマスの鐘」はまるで一幅の絵画を見ているようで、ヨーロッパの曇天のもと、教会の鐘楼から鳴り響く鐘とはまるで異なり、南国の太陽、青空の下、島の白亜の教会の上を一陣の潮風が駆け抜けていく様を想像することができる。この曲集でその他重要なものは、やはり献呈先にサン=サーンスにとって大事な人が割り当てられている。すなわち第1曲(アルチュール・デ・グレーフ)、第3曲(シャルル・マレルブ)、第6曲(ラウル・ピュニョ[プーニョ])である。 第1曲:長三度と短三度:アレグレット:嬰ト短調:4分の4拍子  サン=サーンスはその生涯を通してほとんど作風を変化させなかった。学生時代のローマ大賞応募作などを聴くと、その後の書法の洗練が実感できるけれども、一般には聞き取りにくいほどに、彼は青年時代に既に自分の書法、作風を確立させていた。晩年になると、他の作曲家と同じように枯淡の境地が感じられるが、それも多くの作品を聴き比べて初めて分かる、という程度である。とはいえ、作品55のエチュード集と比べてこの第1曲の感情表現はより洗練されており、コルトーが『フランス・ピアノ音楽』において無味乾燥とこき下ろしたのは少々度が過ぎているのではないかと思われるが、これが当時の一般的なサン=サーンス評であったことは否めず、この偏見が未だに残って彼の作品の普及を妨げている。 第2曲:半音階奏法:アレグレット:イ短調:4分の3拍子 第3曲:前奏曲とフーガ:モデラート・アジタート(前奏曲)、モデラート・エスプレッシーヴォ(フーガ):変ホ短調:2分の2拍子(前奏曲)、4分の4拍子(フーガ)  「前奏曲とフーガ」がサン=サーンスにとって重要であったことは、作品52のエチュード集の解説をご覧頂きたい。 第4曲:ラス・パルマスの鐘:アンダンティーノ:嬰ト短調:8分の6拍子 第5曲:半音階進行による長三度:ヴィヴァーチェ:ニ長調:4分の4拍子 第6曲:トッカータ:モルト・アレグロ:ヘ長調:4分の2拍子  献呈先のラウル・ピュニョ[プーニョ]はヴァイオリニストのウジェーヌ・イザイとコンビを組んだピアニスト、と言った方が現在では分かりやすいかも知れないが、有名なピアニストであった。曲の内容を一言で説明するなら、「ファンの皆様の声にお応えして、ピアノ《協奏曲》第5番(エジプト風)の終楽章を一人で演奏できる、超絶技巧のコンサート用ピースとして編曲しました」という類のものである。ある意味、サン=サーンスの音楽家としての成功を裏付けるものである。

執筆者: 中西 充弥

楽章等 (6)

長3度と短3度 Op.111-1

総演奏時間:2分00秒 

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半音階奏法 Op.111-2

総演奏時間:2分20秒 

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前奏曲とフーガ Op.111-3

総演奏時間:5分00秒 

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ラ・パルマの鐘 Op.111-4

総演奏時間:4分00秒 

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半音階的長3度 Op.111-5

総演奏時間:2分00秒 

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