ブルグミュラーが「彼の友人リストに」(楽譜に記された献辞)献呈したピアノ曲で、初版の表紙にはタイトルよりも献辞の方が大きな文字で印刷されている。
この曲が出版された1838年当時のリストは、前年タールベルクとのピアノ対決を行い、そのタールベルクの他、チェルニーやショパン等と変奏曲「ヘクサメロン」を合作。そればかりでなく、後に「超絶技巧練習曲」S.139や「パガニーニによる大練習曲」S.141に改作された極めて演奏困難な練習曲集(下記譜例参照)を始めとして、リストのピアノ曲の中でも特に過激な作品群がこの時期に生み出されており、まさにヴィルトゥオーゾとしての絶頂にあった。「幻想的な夢」からリストらしいキャラクター性を感じることはできるものの、技巧家としてのリスト像はこの曲には反映されていないと言えるだろう。
・リスト:パガニーニによる超絶技巧練習曲S.140(1838年版) 第4曲より
シューマンは、自身が発行していた雑誌「新音楽事報」1839年5月31日号(シューマンにとってもリストに献呈した「幻想曲」Op.17が4月に出版されたばかりであった)でこの曲を取り上げ、次のように書いた。些か難しい文章かも知れないが、承知の上でブルグミュラー、シューマン双方に公平を期すために評の部分を全て載せてみたい。
リストの名が書かれているとすぐに力作を思い浮かべられるだろうが、この曲はそうではない。しかし、これまで殆どただ軽いだけの、素人的な作品や編曲を提供してきた作曲者が、今までの彼の領域を超えて真に重要な曲を完成させた。曲は軽やかで楽しい流れを持ち、特に中間部のテノール声部は非常に効果的だ。全体にウェーバーの火を噴くようなアレグロ楽章を思わせ、冒頭は「オイリアンテ」序曲を彷彿とさせる。彼が再び独自の作品へと向かう事を願う。そのための時間は十分にある。
・ウェーバー:歌劇「オイリアンテ」序曲冒頭
筆者には、ウェーバーの作品では「オイリアンテ」序曲よりも、むしろオペラ「オベロン」の第2幕でレイザの歌うアリア「大洋よ、汝大いなる怪物よ」の後半部分との類似が感じられる。
・ウェーバー:歌劇「オベロン」第2幕 レイザのアリアより
・ブルグミュラー:「幻想的な夢」Op.41冒頭
また、テンポこそ異なるが、同じく「オベロン」の同アリアに続いて人魚が歌う歌の一節とほぼ同じフレーズが「幻想的な夢」の終わり近くに現れる。ウェーバーのそれと全く同一のフレーズが「オベロン」初演の直後にメンデルスゾーンが作曲した序曲「夏の夜の夢」Op.21のコーダにも登場する点はよく指摘されるが、それを踏まえると、断定は出来ないものの「幻想的な夢」でのこの旋律がウェーバーないしメンデルスゾーンからの引用の可能性もあり得るだろう。
・ウェーバー:歌劇「オベロン」第2幕 人魚の歌より
・メンデルスゾーン:序曲「夏の夜の夢」Op.21より
・ブルグミュラー:「幻想的な夢」Op.41より