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レーガー :J.S.バッハの主題による変奏曲とフーガ ロ短調 Op.81

Reger, Max:Variations and Fugue on a Theme of J.S.Bach h-moll Op.81

作品概要

楽曲ID:359
作曲年:1904年 
出版年:1904年 
初出版社:Lauterbach & Kuhn
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:変奏曲
総演奏時間:32分00秒
著作権:パブリック・ドメイン
原曲・関連曲: バッハ他の作曲家によるバッハ作品にもとづくピアノ・ソロ曲

解説 (1)

執筆者 : 伊藤 翠 (4028文字)

更新日:2012年3月14日
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作品81《バッハの主題による変奏曲とフーガ》

「バッハの主題」といって、今日の我々がまず想像するのは「B(シ♭)A(ラ)C(ド)H(シ)」の主題かもしれない。J. S.バッハ自身が自らの作品で頻繁に用いただけでなく、「バッハ復興」の時代である18世紀以降、シューマンやリストなどドイツロマン派の作曲家の多くが、彼へのオマージュのようにこの「B(シ♭)A(ラ)C(ド)H(シ)」を用いて作品を残したことでも有名な主題だからだ。実際にレーガーも、これを用いて《バッハの主題による幻想曲とフーガ》(作品46)という大規模オルガン作品を書いている。しかし、このピアノ作品に「B(シ♭)A(ラ)C(ド)H(シ)」の主題は登場しない。この作品における「バッハの主題」とは、J. Sバッハの一作品に由来するものだからである。

この作品が生まれるきっかけとなったのは、1904年4月16日ミュンヘンにて開かれた演奏会だった。レーガーの作品が披露されて大成功に終わったことに満足したレーガーは、そのピアニスト、シュミット・リントナーに新たな「大規模ピアノ作品」の献呈を申し出た。これを受け、リントナーがその作品の主題として提示したのが、J. S. バッハ作曲の教会カンタータ《ただキリストの昇天によりて》(BWV 128)の第4曲アリア〈神の全能は計り知れず〉における、オーボエ・ダモーレと通奏低音で奏されるリトルネッロ主題である。

この演奏会から2ヶ月ほどで、この《バッハの主題による変奏曲とフーガ》(作品81)は完成した。そして同年12月14日のミュンヘンにて、もちろんシュミット・リントナーによるピアノで初演された。

14の変奏と大規模な二重フーガからなるこの大作は、レーガーの独奏ピアノ作品の中で最も深度と広がりのある大作である。「バッハ、ベートーヴェン、ブラームスを熱烈に賛美」し、その流れを汲む作曲家であることを自負していたレーガーらしい、ドイツのバロック的要素とロマン的要素がそれぞれに盛り込まれた変奏曲である。そしてそこには、ピアノ作品でありながらその音楽の端々に、彼のオルガン作品を連想させる大胆かつ豊かな響きに満たされた手法を感じることができるだろう。

テーマ:Andante

冒頭に「オーボエソロのように」と指示があるが、これは言うまでもなく、主題を引用した前述のアリアが念頭に置かれているためである。14小節の主題旋律が厳格な和声進行のもと重厚に、しっとりとレガートで提示される。

第1変奏:L’istesso tempo

主題旋律と和声進行はそのままに、内声に十六分音符の動きが加わった変奏。テーマと同じpに始まるが、後半部分は徐々に音域が広がり、オルガンを思わせる重厚な響きで締めくくられる。

第2変奏:Sempre espressico ed assai legato

第1変奏と同じく、内声部に変奏が施される。音楽の流れとしては第1変奏とほぼ変わらないが、内声部の動きが三連の十六分音符となったことで、音楽に動きある流れが加えられる。

第3変奏:Grave assai

冒頭は序奏的な部分から始まるが、これはそれまでの音楽と対照的に、半音階的進行と音域の広がりが特徴的な音楽である。pの静かな半音階下行ののち、主題旋律の冒頭が奏でられたかと思うと、急激なデュナーミクの変化と共に、重音のアルペッジョが即興的な動きで一気に奏される(49小節目)。その後再び主題旋律の冒頭が現れるも、断片的なままに終わり、その余韻を残したままpppで消え入るように曲がとじられる。このような、極端なデュナーミクの使用や音色の変化や半音階的な手法は、レーガーのオルガン作品によく見られ、彼の音楽を特徴づけるものの一つである。

第4変奏:Vivace

三十二分音符を中心とした、動きあるリズムによる変奏である。オルガン的な第3変奏とは異なり、非常にピアニスティックな半音階進行で満たされた音楽となっている。一見、譜面を見ただけでは主題が見当たらないように思われるが、細かい三十二分音符の中にしっかりと旋律主題が組み込まれている。本来の主題と和声進行にしっかりと基づいた、華麗な音楽である。

第5変奏:Vivace

第4変奏に引き続き、ピアニスティックな変奏。しかし、ここで主題旋律は断片的に扱われ、「F(ファ)B(シ♭)C(ド)Des(レ♭)C(ド)A(ラ)B(シ♭)」を一つの要素として、変奏が繰り広げられる。三十二分音符で奏されるオクターヴの同音連打が特徴的な、きらびやかな音楽である。

第6変奏:Allegro moderato

両手のオクターヴによる堂々とした響きに始まり、終始広い音域で華麗な音楽が繰り広げられる。主題旋律の冒頭が目立つ変奏だが、主題旋律をしっかりと一通り、要素的に取り入れながら自由な変奏が成されている。また、重低音の重厚さと和声進行に忠実なアルペッジオは、レーガー独自の手法というよりもむしろ、彼が尊敬していたブラームスの音楽を思い起こさせるだろう。

第7変奏:Adagio

ピアニスティックで華やかな変奏が続いたのち、この変奏は再び序奏的な部分から始まる。終始pp以下という静けさの中、短2度の上行を中心に音楽は進むが、次第に主題旋律の一部が断片的に現れ始める(121小節目〜)。そしてその終わりは、主題旋律の終結部を明確に提示し、下声部に半音階的動きの三連符を響かせながら幕をとじる。

第8変奏:Vivace

再び、ffというデュナーミクとともに、華麗な即興的変奏が始まる。この変奏で扱われるのは主題旋律の冒頭のみであり、それが断片的に、かつ要素的に使用される以外は、主題旋律の提示がない。これまでのh mollという調性から調号がなくなってC durとなるが、実際はめまぐるしい調性の変化とともに、重厚な和音の連続と重音のアルペッジオが繰り返されている。レーガーのオルガン作品にも多く用いられ、彼の音楽の特徴といえる和音・重音の連続的上行が、終始ふんだんに盛り込まれた音楽である。

第9変奏:Grave e sempre molt espressivo

ここは、呼吸を置くようにゆったりとした変奏となる。調性がH durに変わり、長調の響きの中で主題の冒頭が提示される。しかし、音楽を支えているのは主題旋律ではなく、その下声部に置かれた三連符の半音階的進行する和音である。主題旋律は、非常にゆったりとしたテンポのなか基本的に単音で奏でられているが、下声部の和音が音楽を一貫して支配しており、独特の響きを生み出している。

第10変奏:Poco vivace

14変奏中、最も短い変奏である。明確な主題提示がなく、低音の流れあるオクターヴと、それに支えられた半音階進行が特徴的である。続く第11変奏とともに、間奏曲的な役割の強いものだと考えられる。

第11変奏:Allegro agitato

第10変奏に次ぐ短さであるこの変奏は、同じく主題提示がないという点も含めて、第10変奏とともに間奏曲としての役割が強いと考えられるだろう。しかし、変奏自体は第10変奏と対をなすものである。流れるような第10変奏とは異なり、迫り来る勢いと厚みのある音楽である。

第12変奏:Andante sostenuto

この変奏も、下声部の重厚な和音進行に支えられながら、比較的に自由な旋律が奏でられる。しかし、ようやく後半部分(211小節〜)に主題旋律の終結部が用いられる。しかしこの主題もしっかりと最後までとじられる事はなく、再び重厚な和声進行の中に溶け込むようにして、長調の響きで締めくくられる。

第13変奏:Vivace

華やかな旋律のうちに、わずかな主題旋律の要素を残しながら、華麗に奏でられる変奏である。この変奏で再びh mollに戻ったことでようやく、この音楽のところどころに主題の響きを感じ取ることができるかもしれない。それほどまでに主題旋律そのものの形がなくなっているのだが、一貫して大変技巧的に華やかで印象的な音楽である。

第14変奏:Con moto

最後の変奏であるこの曲は、第13変奏の流れを受け継ぎながら、重厚さを増したものになっている。そして何より言及すべき事は、最低音部にてオクターヴで主題旋律が堂々と奏されていることである。短い間奏を挟みながら主題の旋律が荘厳に鳴り響くさまは、まるでオルガンのペダル声部のようであるが、まさにこの手法、つまり、作品の終結部において主題を再びペダル声部のオクターヴで鳴り響かせる手法を、レーガーは自身の大規模オルガン作品(コラール・ファンタジー)で必ず用いている。こうしたレーガーお決まりの手法のもと、音楽は最高潮の盛り上がりを迎え、その勢いと音量を失わないまま、これまで最大のデュナーミクとともに幕が閉じられる。

フーガ:Sostenuto

この作品のエピローグとして位置する曲であるが、このフーガに用いられている主題は、これまでのものとは異なる全く新しいものである。つまり冒頭(255〜258小節)と第2部(333〜336小節)に現れる2つの主題による二重フーガであり、第1〜14変奏で用いられた「バッハの主題」ではない。しかし、この二重フーガ主題は全く関連性のない新しいものというわけではなく、第14変奏の冒頭の音型に由来している。

レーガーはここで、あえてこれまでの「バッハの主題」ではなく、自身の変奏の中で生まれた新たな要素をフーガの主題として用いて、作品全体をまとめ締めくくりたかったのかもしれない。音楽作品の最後を長大なフーガでとじるという手法は、ドイツ音楽において常套な手法である。しかしレーガーは、その伝統的手法をしっかり取り入れながらも、その中に独自の新しさを求め、実践したのだということが、この大規模な変奏曲から考えることができるだろう。

執筆者: 伊藤 翠