1931年、プロコフィエフは左手のために書かれたピアノ協奏曲第4番を完成させたのち、新たな、今度は両手のためのピアノ協奏曲を構想し、1932年夏に完成させた。
この時期のプロコフィエフは、パリに拠点を置いて活動していた。ソヴィエト時代の伝記作家は、当時の彼自身が手紙に書いた、「アイディアがないんだ!」という苦悩の言葉を引いて、このパリ期を「危機の時代」と呼び、プロコフィエフの創作史の中で一種の「黒歴史」のように扱うことが多かった。しかし、「ソ連に帰って成功した」という結果論や、ソ連国外の西欧音楽を「ブルジョワの産物」と糾弾するようなイデオロギー的観点を排してみると、この時期は彼にとって、海外生活での様々な作曲家と交流したり、彼らを規範や参考にしたりすることを通じ、自分自身のイメージや名声と、作曲家としての進化との折衝に取り組み、脱皮しようともがいていた時期だとも言えるのではないだろうか。この点に関しては、これからのロシア国内外の音楽学分野の研究の発展を待ちたい。
この協奏曲は、作曲家自身が「新しい単純性」と表現した方向性を目指して作曲された時期に作曲されたが、出来上がった楽曲は不思議なことに、プロコフィエフ自身が「ひどく難しい」と述べるほどに複雑で、様々な要素が錯綜・凝縮されたものだった。同様の傾向は、本曲と同年に完成したピアノのための《2つのソナチネ》にも見られる。プロコフィエフ自身のピアニストとしての名人芸へのこだわり、あるいは作曲上の手癖のようなものが、この時期のプロコフィエフを「単純性」へと向かわせなかったのかもしれない。
初演は1932年10月31日にベルリンで、フルトヴェングラーの指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、作曲者自身の独奏で行われた。天下に名だたるベルリン・フィルとの共演ということで、プロコフィエフは「気合を入れて望まなければ」と気負って演奏したようだ。そのおかげもあってか、この初演は「冷たい音楽」という批判もありつつ、一定の好意的な批評も得た。一方で、ソ連国内での反応は芳しくなかったという。
楽曲の全体的な構造は、古典的な協奏曲のそれとは異なり、急・緩・急・緩・急の5楽章からなっている。
第1楽章(Allegro con brio)
ト長調、3/4拍子。
第一楽章の典型であるソナタ形式ではなく、ロンド・ソナタに類した形式を採用している。
冒頭に提示される主要主題は、エネルギッシュだが調子外れなファンファーレ。ピアノ声部は広い音域を駆け巡り、空間を支配する。和声の進行は、G→C→F→Bと根音が四度ずつ上行する三和音を基調としており、比較的シンプルな響きによって構成されている。しかし、響きがシンプルな分、独奏ピアノと管弦楽とのスリリングなやりとりが強調されることになる。この主題が様々な楽想に挟まれて長く確保される。
主題に挟まれて現れる挿入部はそれぞれ短く、一瞬甘やかな叙情性に浸ったかと思えば、すぐにエネルギッシュな主題に引き戻され、三連符を主体とするリズムが現れても、ファンファーレの付点リズムへと回収されていく。
展開部に該当する箇所では、主題や挿入部の断片が次々と現れ、最終的に、聞き手は再現部の主題の回帰部分でクライマックスへと導かれる。その後、ファンファーレの要素を堅固に保ったまま、非常に短い結尾部によって楽章は終結する。
第二楽章(Moderato ben accentuato)
ハ長調、4/4拍子。スケルツォ楽章の役目をなす。
三部形式を元にした構造を持つ。主要部の第一の主題は行進曲的。管楽器と太鼓によって一定の足並みが刻まれるリズムに合わせ、ピアノがグリッサンドとアルペジオによる上行音型を繰り返し奏する。第二の主題では、スキップするような12/8へと拍子は変化する。短・長の音価の組み合わせにより、冒頭部分とは違った軽やかさが生み出される。中間部には大胆な音域の跳躍と、4/4拍子と12/8拍子との交代がみられる。主題の回帰は大胆に短縮され、二つの主題が足並みを合わせて進行し、すぐに幕を閉じる。
第三楽章、トッカータ(Allegro con fuoco)
ト長調、3/4拍子。
速度標示のほかには、「最初よりもやや速めに」という意味の言葉が添えられている。「最初」とは第1楽章のこと。第1楽章からこの楽章に主題が転用されているため、それと変化をつけるように指示している、というわけである。
ピアノは楽章中終始走り続け、オーケストラがそれに伴奏や副旋律的な走句を添える。トッカータとしては速度はゆるやかで、ピアノにあてられた走句も少ないが、再三再四強調されるfやアクセントの指示は、楽曲に異様なほどの力強さを与えている。
第四楽章(Larghetto)
変ロ長調、2/4拍子、三部形式による緩徐楽章。
メランコリックな子守唄が主要部分の主題となっており、楽曲全体の華やかさやきらびやかさの中に、豊かな陰影をもたらしている。中間部は逆に、前楽章までの勢いを取り戻し、第1楽章を連想させる三和音の急速なアルペジオが提示され、最終的にゆったりとしたテンポと幅広い音域によるカデンツァへと展開していく。ピアノの音階的走句による幻想的な推移部の後、主題が短く再現される。
第五楽章(Vivo)
変ロ短調、2/2拍子。縮約されたソナタ形式の中に、多種多様な素材が組み合わされて構成されている。ソ連の音楽学者ブロークは、この楽章の様々な主題が入れ代わり立ち代わり現れる賑々しさを、「プロコフィエフのバレエに出てくる群衆のシーン、例えば《ロメオとジュリエット》の民衆の踊りや、《石の花》の市場のシーン」に擬えている。
冒頭の変ロ短調という調性は、緩徐楽章の最終音であるB♭音を引き継いでいる。第一の主題は怪しげな低音から始まるが、一方で、第一楽章のムードを再生するかのような調子外れなファンファーレを背後に引き連れている。第二の主題は素朴なハ長調から始まるが、コロコロと様々な調を経て、どこか掴みどころがない。この二つの主題が反復され、展開部へと移る。展開部ののちに、ロ短調の音階による不思議な推移部を経て、コーダが始まる。ガヴォットのような弾みのあるリズムが次第に加速し、主題が断片的に現れ、祝祭的に楽曲を締めくくる。