自筆譜が存在せず、複数の資料に断片的に伝えられる作品。様式の観点からバッハではなくテレマンの作であるともいわれてきたが、ごく近年は真作に列せられるようになっている。というのも、この作品の最初の2楽章が資料として信頼性の高い「メラー手稿譜」(詳細は《フーガ イ長調 BWV949》の項参照)に伝えられているからである。資料間ではタイトルも異なっている。「メラー手稿譜」では「Suite」、かつてフェティスが所有していた資料では「Partie」、またタイトルを付けられていない筆写譜も存在する。が、いずれも作曲者としてバッハの名を掲げている。
冒頭楽章は緩やかな対位法書法による典型的なアルマンド。後半第4小節から第5小節にかけて cis-Moll が確立し、色合いを添える。
これに〈トランペットのためのエール〉が続く。3連符と2連符が交代する音型が特徴的だが、実際にトランペットで演奏することはほとんど不可能である。また、オルガンのストップであるとしても、この音型を持つ声部だけを別に調整した鍵盤で弾くには無理がある。結局のところ、トランペットは性格小品としてタイトルに引っ張り出されたとみるのが正解かも知れない。また、第21小節左手にはバッハの鍵盤曲にしては異例の音型が現れるが、こうしたオクターヴを含む同音連打はホルンの語法を模したものである。
サラバンドはいっけん三和音の連続であるが、トリルと分散和音によって装飾的に演奏するよう想定されている。後半には cis-Moll や fis-Moll を通ってナポリ6度(第14小節最終拍、b音)を出現させるに至る。同じリズムが淡々と続く緩やかな曲でもこうした和声推移ゆえに退屈を感じさせない。
ブレは一貫した2声で単純なリズムと動機のみから成るが、両声部は動機を交換しあい、もっとも簡単な対位法であるところの転回によって進む。ブレのリズムが右から左から交互に聞こえてきて、追いつ追われつする軽やかな雰囲気を湛えている。
ジーグはバッハの典型からはやや外れた様式であり、模倣が現れない。この組曲全体がテレマンの作ではないかと疑われる根拠も、ここに由来している。しかし、左手の冒頭の音型は単なる分散和音の伴奏ではなく、対位法上の主題の一つである。後半では左右の動機が転回され、右手が分散和音を担ったままカデンツが形成されている。