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フォーレ :ピアノとオーケストラのための幻想曲 ト長調 Op.111

Fauré, Gabriel:Fantaisie G-Dur Op.111

作品概要

楽曲ID:168
作曲年:1918年 
出版年:1919年 
初出版社:Paris, Durand
献呈先:Alfred Cortot
楽器編成:ピアノ協奏曲(管弦楽とピアノ) 
ジャンル:管弦楽付き作品
総演奏時間:15分00秒
著作権:パブリック・ドメイン

解説 (1)

総説 : 神保 夏子 (1433文字)

更新日:2014年2月20日
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【総説】

フォーレ晩年の作。彼がピアノ協奏曲という編成のために書き下ろした、事実上唯一の作品である〈注〉。献呈を受けたピアニストのアルフレッド・コルトー(1877-1962)は、著書『フランス・ピアノ音楽 La musique française de piano』第1巻 (1930);邦訳『フランス・ピアノ音楽1』(1995) の中でこの作品に触れ、オーケストラが控えめな伴奏にとどまり、ソロ・パートも「人目を引く美しさ、あるいはヴィルトゥオジテ」を欠いているという点で「室内楽の性格を超えるものはまったくない」と評したが、他方では「安易な魅力」を廃したその「抑制された情緒や感情の高揚」を高く称賛した。

第1次世界大戦末期という時期に作曲されたこの作品について、音楽学者のジャン=ミシェル・ネクトゥーは「大戦下における数カ月間の苦悩と希望の入り交じった極限状態の様子が直接的に反映されている」と解釈している。

〈注〉同じ協奏曲という編成で知られる《バラード》作品19(1881編曲)は、先行するピアノ独奏版(1879作曲)を作曲者自身が編曲したものである。

【成立背景】

1918年春にスケッチが開始され、9月初頭にアルプス山麓のエヴィアンで完成された。

フォーレが彼には珍しい協奏曲という形式を採用するに至った要因として、ネクトゥーは出版者ジャック・デュラン(1865–1928)からの助言の影響を示唆している(『ガブリエル・フォーレ――明暗の声Gabriel Fauré: Les voix du clair-obscur』(1990);邦訳『評伝フォーレ――明暗の響き』(2000))。ネクトゥーによれば、このデュランの発想は元をたどればドビュッシーに行きつく。すなわち、晩年のドビュッシーは、彼自身の出版者でもあるデュランに向けてピアノと室内オーケストラのための協奏曲集を考案中であると伝えていたのだが、1918年3月にドビュッシーが死去したために、このプランがフォーレに差し向けられることになったというわけだ。

作曲はおおむね順調に進んだものと見られるが、スコアの完成に手間取り、最終的には、当時フォーレが院長を務めるパリのコンセルヴァトワールで和声法を教えていたマルセル・サミュエル‐ルソー(1882-1955)という若い作曲家にオーケストレーションが委ねられることになった。フォーレがこうした決断を行うに至った背景には、同時期に進行していたコメディ・ミュジカル《マスクとベルガマスク》など、他の作品の作曲や初演・再演に忙殺されていたことに加え、健康状態が思わしくなかったこと、また聴覚障害が進行していたことが指摘されている。なお、この《幻想曲》に限らず、フォーレはしばしば自らの作品のオーケストレーションを、アンドレ・メサジェシャルル・ケックランジャン・ロジェ‐デュカスらを含む、有能な弟子や友人らの手に委ねていたことで知られる。

1919年、作曲者自身の編曲によるピアノ2台版と、サミュエル‐ルソーの手がけたピアノ・管弦楽版が、それぞれデュラン社より相次いで出版された。同年の4月12日、モンテカルロのフォーレ・フェスティヴァルにて、長年フォーレの愛人であったピアニストのマルグリット・アッセルマン(1876 -1947)による非公式の初演が行われ、ついで5月14日の国民音楽協会で、コルトーの独奏、ヴァンサン・ダンディの指揮によって正式にパリ初演された。

執筆者: 神保 夏子
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