1915年、これまで健康の不調と第一次大戦への苦悩などからしばらく作曲ができていなかったドビュッシーだが、ショパンの楽譜を校訂する仕事をきっかけに、創作力をとりもどした。ここで作曲されたのが《12の練習曲》であり、これはショパンに献呈されている。
この練習曲では、ただ技巧を追求するための作品として作曲されているわけではない。彼はこの作品を通じて、彼自身の音楽性のあり方を再検討したのであろう。
練習曲でありながら、運指法が指示されていないことも特徴の一つであるが、ドビュッシーはこれを意図的におこなっている。つまり、演奏者の腕や手の構造には違いがあるため、各人に合った運指法を各自で追求していくこともまた、課題の一つになっているのである。
6曲ずつの2巻に分けられている。
1.5本の指のための(チェルニー氏による) 」"Pour les cinq doigts, d'apres M.Czerny"
チェルニーの練習でなじみのいくつかのモティーフを模し、チェルニーへのオマージュとなっている。
2.3度音程のための / "Pour les tierces"
3度の音程は、《小組曲》の〈行列〉、《スコットランド行進曲》の冒頭、《ベルがマスク組曲》の〈月の光〉の開始、など、多くの楽曲の中で使用されている。
3.4度音程のための / "Pour les quartes"
4度もドビュッシーが好んだ音程である。変容しつつ流れていく4度のアラベスクの中で、ドビュッシーは「まだお聴きになったことがないものを、あなたは発見なさるでしょう」と書いている。
4.6度音程のための / "Pour les sixtes"
ドビュッシーは六度音程を「サロンにとりのこされた気どった令嬢」と形容している。
変ニ長調にはじまり、転調を重ね、変ニ長調に終わる。フレーズ構造は複雑で、多様なヘミオラが用いられている。
5.8度音程のための / "Pour les octaves"
〈陽気に、そして昂揚し、自由にリズムを強調して〉。3分形式の形をとっている。
スケルツォ的な練習曲。
6.8本の指のための / "Pour les huit doigts"
「この練習曲では、両手の位置がよくわかるので、親指をつかうのは具合が悪い。親指をつかう演奏は、曲芸のようになるだろう」とドビュッシーが注をつけている。
7.半音階のための / "Pour les degres chromatiques"
32部音符が半音階的に進行する。右手を中心とした半音階の練習曲。
8.装飾音のための / "Pour les agrements"
下行の分散和音の前打音の練習曲。ドビュッシー自身「イタリアふうバルカローレ(舟歌)のかたちによっている」とのべている。全曲中で特に高く評価されている曲の一つ。
9.反復する音符のための / "Pour les notes repetees"
同音連打の練習曲。
10.対比的な響きのための / "Pour les sonorites opposees"
テンポ、音域、ディナーミクなど、あらゆる要素が対比的に配置されており、非常に微妙なニュアンスをもった作品。
11.組み合わされたアルペッジョのための / "Pour les arpeges composes"
この作品には曲想表示がない。
12.和音のための / "Pour les accords"
和音とオクターブの跳躍進行で構成される。明確なリズムで演奏することが要求されている。3つの部分からなっており、レントの穏やかで、表情にとんだ中間部分をもつ。
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