ベートーヴェンが1800年の夏に使っていたスケッチ帳に、op. 22とop. 24の創作初期の楽想と並んでop. 23のスケッチがしたためられている。ベートーヴェンはop. 24のスケッチに「3つ目のソナタ」と書いていることから、当初は3曲セットが予定されていたのだと知れる。結局のところop. 23はop. 24と2曲のセットで1801年10月にウィーンのモロ社から出版された。ところが、遅くとも翌年初頭にはもう、個別作品に分けられて別の作品番号が与えられている。作品が別々にされた理由は定かではないが(パート譜のフォーマットが縦長と横長で不揃いだったというのも理由として候補にある)、パリなど他の土地に早々とセットで伝わってしまい、ウィーンでの個別出版が始まった後もセット出版が続く結果となった。
作品を献呈されたフリース伯爵は熱心な愛好家で、ベートーヴェンとピアニストのダニエル・シュタイベルトとのピアノ・コンペは伯爵邸で行われた。銀行家としての業務のほか、様々な事業を手がけたフリース伯爵の営む会社の通信網に、ベートーヴェンは海外とのやりとりの際にも随分と恩恵を受けており、ソナタの他にも献呈した作品が複数ある。
第1楽章
短調で6/8拍子のプレストという、颯爽とした雰囲気を醸し出す楽章である。楽章冒頭の主題は、ホモフォニックでピアノが旋律を担い、和声は主音イ音上に止まる、という画一的印象の4小節のあと、ヴァイオリンが対旋律に一転、ポリフォニックで和声変化も速い8小節が続く。かと思えば次にはピアノとヴァイオリンの平行へ……こうしたテクスチュアの変化のおかげで、提示部前半は形式的な区切りが明確である。副主題以降は二つの楽器がより対等に絡み合うようになり、また模倣書法が多用される点では主要主題と対照的である。しかし調はよくある平行長調や同主長調にはっきりと変わるのではなく、短調にほぼ終始して緊張感を保ったままになる。展開部序盤で現れる短い長調部分が強いインパクトを持つのは、この副主題以降の調構造が一つの原因だろう。
展開部は大部分が既出の楽想を並べて作られているのだが、注目すべきはおよそ90小節というその規模である。しかも途中で再現部の到来を予想させるような属音上のフェルマータが入るため、この後で再現部にならないと分かった時にはますます展開部が長く感じ、焦らされる思いになるかもしれない。再現部の主題の音域が上下にオクターヴ拡大され、フォルティッシモで強調されるあたりも、遅らせただけ強調するという身振りに見える。
形式面でもう一つ付言すべきは展開部以降の繰り返しがあることだ。少なくともベートーヴェンは弦楽四重奏曲op. 18, op. 59の短調作品でも、ソナタ形式の第1楽章で展開部以降の繰り返しを指示している。
第2楽章
ソナタ形式。2度進行が連なる控え目な響きの主題から始まる。そこから堂々としたフガート、茶目っ気のある刺繍音中心の楽想からシンコペーションの軽やかな旋律へ進み、そして最後には身振りの大きい分散和音へと、それぞれ非常に個性的な主題が次々に現れる様子は第1楽章の提示部とよく似ている。展開部が既出主題の動機を絡め合わされて短く終わると、提示部においてソロで示された楽章冒頭の主題旋律が、もう1つのパートによる軽やかな装飾を伴って再現する。再現部は元の主題がところどころ装飾的に変奏されたり、主声部を担う楽器の順序が提示部とは逆になったりしながら、ほぼ定石通り書かれている。
第3楽章
アッラ・ブレーヴェの急速なロンド形式。各エピソードが回帰するためソナタ・ロンドに近い形式になっているが、回帰したエピソードの間のロンド主題は部分的に省略されている。
楽章冒頭から息つかぬようにカデンツまで続くロンド主題の旋律が、第2楽章の朗らかな雰囲気をかき消す。最初の主題提示から第1エピソードまでは同じ音形が畳み掛け、しまいには断片的な動機の連続になってしまうが、これも音楽が切迫感を帯びる原因だろう。
個々のエピソードには、op. 23の先行する楽章を思い出させる楽想や、この時期のベートーヴェンの他の作品に通じる特徴も指摘できる。すなわり、例えばこのロンド主題では、ヴァイオリンが同じ音を伸ばしてピアノの背景を成し、後楽節になって動きを増すという点に第1楽章とのつながりが見られる。また、ピアノとヴァイオリンが半小節ずつ交替で音を鳴らす第2エピソードは第2楽章を想起させる。長大な第3エピソードはコラール風の主題があたかも変奏曲のように変奏されていくが、楽章の中心たるここで初めてヴァイオリンが先に旋律声部を担うため、op. 24 と同じくヴァイオリンの重要性が確認されると同時に、ピアノとは違う響きによって旋律が際立って聞こえるだろう。
また第1エピソードの最後に現れるレチタティーヴォ風のAdagioや、第2エピソードが再現する直前で期待される和声解決を省略してしまう休符といった、音楽の流れを突然に中断する要素は、時期の近いピアノ・ソナタ集op. 31にも見られるベートーヴェンの作曲上の特徴である。
全楽章通して主題の初提示の際にピアノが旋律声部として先行することが多い点で、ヴァイオリンの優位が目立つ次のop. 24とは対照的である。ただし第2楽章でフガートが入ったり、終楽章に技巧的なパッセージ・ワークが見られたりなど、ヴァイオリンは高い技巧性も求められるオブリガート楽器として扱われている。主題における二つの楽器の扱い方は、op. 24とともに作品集として仕立てるにあたり、曲ごとの性格を変えたのだろうか。