試みに全体を3つの部分に分け、それぞれの部分に大まかな解釈を与えてみよう。
第1部:No. 1~15 レガート(眠り)
第2部:No. 16~31 レッジェロ(高揚)
第3部:No. 32~36 レガート(ふたたび眠り)
〈悲しみのワルツ〉が全曲の統一を考える手がかりになりうるのは、この曲が3つの視点につながるからであり、それは全体の解釈とも深くかかわる。
一つ目は調の観点である。変イ長調は前半(第1部)を支配する基本調であるとともに、シューベルトが「子守歌」(D 498、D 867)で好んだ、あるいは神への信頼を語る調でもあった。その後は一転して♯系が開拓され(第2部)、最後は緩やかにヘ長調へと落ち着く(第3部)。
二つ目は、これと密接につながるが、曲想やタッチの観点である。さながら夢のまどろみのようなレガートが支配する第1部は、第16番で不意に♯系に切り替わるとともに、すばやい動きとマルカートやスタッカートが目立つようになり、第25番以降に聴かれるヨーデルのごときオクターヴ跳躍へと高揚してゆく。この夢の興奮は第31番を頂点として徐々に醒め、しだいにまた元の状態に落ち着いてゆく。第35番の冒頭4音は〈悲しみのワルツ〉冒頭を想起させ、第35番を支配するヘ長調の保続低音によって曲集は、最終的な静穏に戻ってゆく。たとえば以上のように解釈すると、全体はシューマン《子供の情景》にすら通じる物語を備えたチクルスとして弾く/聴くことができる。
三つ目は、もう少し細かい音のニュアンスの問題である。第2番〈悲しみのワルツ〉が人気をさらった最大の理由が、同主短調への翳りと、そこににじむ、憂いのような情緒にあったのは確かであろう。この情緒を醸し出す、異名同音によって異質な音響を聴かせる手法(第11~12小節)は、シューベルト作品の全ジャンルを貫いている。この手法は、歌曲では別世界への憧れをよく表すし、ピアノ曲でも心の傷のふとした疼きのような繊細な状態につながると解釈する研究者・演奏者が多い。この種の翳りが全曲を通して(第14、34、36番など)聴かれることを考えれば、これを精神のゆらぎに触れるライトモティーフとして演奏に生かすこともできよう。