声楽教本で知られるコンコーネは、ピアノのエチュードも多く書いた。次の通り、ピアノソロ用に7点、ピアノ連弾用に6点のエチュードの存在が確認される(作品番号順ではなく、19世紀に出版社 [Grus] が整理した難易度順による。確実なものに限り出版年を記す)。欧米では19世紀後半から20世紀初頭にかけて広く使われた実績のあるエチュードである。日本でも1999年に全音から計4点(ソロ2点、連弾2点)が刊行され一定の普及をみたが、総量からすると3分の1程度の紹介にとどまるうえ、残りのエチュードへの目配りもないのはいかにも惜しい。コンコーネのピアノのエチュードの全体像の把握とその再評価が望まれる。
【ピアノソロ用】
25 Etudes mélodiques faciles et progressives pour piano, Op. 24 [Paris, Grus, 1841] 国内版:ピアノのための25の旋律的練習曲[初級から中級まで][全音, 1999]
20 Etudes chantantes pour piano, Op. 30 [Paris, Grus] ピアノのための20の歌謡的練習曲
15 Etudes expressives pour piano, Op. 44 [Paris, Grus, 1853] ピアノのための15の表情的練習曲
15 Etudes de Genre et d’Expression pour piano, Op. 25 [Paris, Grus] 国内版:ピアノのための15の練習曲[様式と表現][全音, 1999]
15 Etudes de Style pour piano, Op. 31 [Paris, Grus] ピアノのための15の様式の練習曲
20 Etudes sentimentales pour piano, sur les plus jolies Mélodies de Fr. Schubert, Op. 54 [Paris, Grus, 1860] シューベルトの旋律によるピアノのための20の感傷的練習曲
15 Etudes brillantes pour piano, Op. posth.[Paris, Grus, 1864] ピアノのための15の華麗な練習曲(遺作)
【ピアノ4手連弾用】
15 Etudes élémentaires pour piano à 4 mains, Op. 46 [Paris, Grus, 1854] 国内版:連弾のための15の基礎練習曲[全音, 1999]
15 Etudes dialoguées pour piano à 4 mains, Op. 38 [Paris, Grus] 国内版:連弾のための15の対話的練習曲[全音, 1999]
15 Etudes de Salon pour piano à 4 mains, Op. 39 [Paris, Grus] 連弾のための15のサロンの練習曲
10 Etudes d’Expression pour piano à 4 mains, Op. 45 [Paris, Grus, 1854] 連弾のための10の表現の練習曲
10 Etudes caractéristiques pour piano à 4 mains, Op. 40 [Paris, Grus] 連弾のための10の性格的練習曲
10 Etudes dramatiques pour piano à 4 mains, sur les plus jolies Mélodies de Fr. Schubert, Op. 58 [Paris, Grus, 1861] シューベルトの旋律による連弾のための10の演劇的練習曲
ジュゼッペ・コンコーネ(1801~1861)は当時のイタリア人作曲家の常で始めはオペラの世界での成功を志したが、次第に声楽教師として名声を得、1837年からパリに定住、1848年の二月革命による政情不安を避けて郷里のトリノに戻り晩年を過ごしたというのが通説となっている。「コンコーネ50番」(Op. 9)を筆頭とする一連の声楽教本(Op. 9 のほか Opp. 10, 11, 14, 15, 17)はコンコーネの初期作品に属する。58番まで確認される作品番号のうち、20番台以降のほとんどをピアノソロ、連弾の曲が占め、コンコーネが声楽指導に加えてピアノ指導にも注力し、エチュードを中心とするピアノ曲を精力的に創作したことが見てとれる。総量で比較すると、ピアノのエチュードの分量が声楽教本を上回る。上記に挙げたピアノのエチュードはいずれもパリのグリュー社から、フランス名ジョゼフ・コンコーネ Joseph Concone の名義で、パリ時代の1841年から没後の1864年まで20余年の間に順次刊行された。コンコーネがこれら一連のエチュードを全てパリで書いたのか、トリノに戻ってからもグリューの委嘱で書き足していったのかは確定されず、今後の考証を要する。いずれにせよ、20世紀の初頭にかけてグリュー社版を底本に各国の大手出版社(ドイツのショット、イタリアのリコルディ、アメリカのシャーマー)からも続々と刊行され、「声楽教本のコンコーネの書いたピアノのエチュード」として国際的に普及したことは事実である。
グリュー社は、コンコーネの一連のエチュードにエコール・メロディーク(Ecole Mélodique 旋律奏法教程)とのシリーズ名を冠した。いずれのエチュードでも一貫して、メカニカルな鍛錬よりも、メロディをのびやかに歌い上げること、感情を豊かに表現することに主眼が置かれる。技術的には、平易なものでチェルニー100番練習曲程度、最も難しいものでも40番練習曲のレベルを超えない。初級から中級の学習者を対象とするブルグミュラー、ストリーボック、デュベルノア、ルモアーヌ、ル・クーペ(ルクーペ)らのエチュードと同系統に属するといえるが、徹底して「歌うピアノ」を追求している点でコンコーネにはきわだった特色がある。もともとコンコーネは、声楽教本のピアノ伴奏パートでは簡素ながらも歌唱を最大限に引き立てる洗練された書法を見せている。コンコーネはベルカント唱法を熟知した声楽のスペシャリストであると同時に、卓越したピアニストでもあったのである。そのコンコーネが、声楽教本から声楽を取り去ってもなお、ベルカントの香気と妙味が凝縮されたようなピアノのエチュードを書いた意義は大きい。エチュードとして他に類例がないゆえんである。ピアノ教育の現場においても、学習者を鋳型にはめるのではなく、多様な個性を引き出す指導が求められる今こそ、コンコーネのピアノのエチュードにあらためて光を当て、積極的に活用すべき時であろう。
《シューベルトの旋律によるピアノのための20の感傷的練習曲》Op. 54は、題名の通りシューベルトの歌曲に取材したエチュードである。作品番号の付いたものとしては、コンコーネのピアノソロ用のエチュード中、最後の作品となった(没後に出た《15の華麗な練習曲》は既存のエチュードに未収載の曲をまとめた補遺・雑曲集である)。シューベルトのドイツ語のリートは早くから欧州各国の言語に翻訳されて歌われたほか、器楽編曲も積極的になされた。ピアノ曲にあっては、まずリストのトランスクリプション(1838年初出)が評判となり、これにヘラー、タールベルクらが続いた。シューベルトのリートのピアノ編曲が活況を呈した時期に、コンコーネがいわゆるコンポーザー=ピアニストとは全く異なる独自のアプローチでシューベルトに挑んだのも自然な流れであった。コンコーネの編作の特色として、まず技術的に平易で学習者にとって圧倒的に弾きやすいことが挙げられる。本作の難度はチェルニー30番から40番練習曲程度である。コンコーネは例の「三本の手」の手法をほとんど用いなかった。単純、凡庸とのそしりを恐れず、右手がメロディ、左手が伴奏という役割を堂々と基本に据える。原曲の前奏や伴奏をそのまま積極的に取り入れつつ、いかにも原曲の引き写しのように見せかけて、実は原曲にはないコンコーネ自身のオリジナルの着想を巧妙にまぎれ込ませることも得意とした。満艦飾の「三本の手」には望むべくもない、悠然たる「本歌取り」ともいうべき洗練された遊びである。オペラ、声楽、ピアノに通暁したコンコーネの到達した境地といってよい。チェルニーなどの併用教材としての有用性も極めて高い。本作でシューベルトのメロディの本来の形に接し朗々と歌う奏法を体得することは、将来的にリートの伴奏をつとめるうえでも、リストやゴドフスキによる高度なトランスクリプションにとりくむうえでも堅固な土台となろう。
以下、フランス語タイトル、邦題(ドイツ語原題に基づく一般的な邦訳)、ドイツ語原題、シューベルト作品番号、ドイチュ番号の順に記す。
第1曲 La jeune mère 子守歌 [Wiegenlied, Op. 98-2, D. 498] Lento amabile 4分の2拍子 変イ長調
第2曲 L’Attente 君はわが憩い [Du bist die Ruh, Op. 59-3, D. 776] Lento quasi Andantino 8分の3拍子 変ホ長調
第3曲 Douleur sans trève ミニョンに [Au Mignon, Op. 19-2, D. 161] Andantino espressivo 8分の6拍子 ト短調
第4曲 Eloge des larmes 涙の賛美 [Lob der Tränen, Op. 13-2, D. 711] Andante espressivo 4分の3拍子 ニ長調
第5曲 Sois mes amours あいさつを贈ろう [Sei mir gegrüßt, Op. 20-1, D. 741] Moderato cantabile 4分の3拍子 変ロ長調
第6曲 Le papillon ちょうちょう [Der Schmetterling, Op. 57-1, D. 633] Allegretto vivo 4分の2拍子 ヘ長調
第7曲 Le corbeau からす(「冬の旅」より)[Die Krähe, Op. 89-15, D. 911-15] Moderato assai 4分の2拍子 ハ短調
第8曲 Roméo (Sérénade de Shakespeare) きけきけひばり [Ständchen, Op. 127, D. 889] Allegretto 8分の6拍子 ハ長調
第9曲 Chant d’Hélène 兵士よ憩え(エレンの歌 第1番)[Ellens Gesang I, Op. 52-1, D. 837] Andante assai Lento 4分の3拍子 変ニ長調
第10曲 Le langage des fleurs 花の手紙 [Der Blumenbrief, D. 622] Allegretto grazioso 4分の2拍子 変ロ長調
第11曲 Toute ma vie いらだち(「美しき水車小屋の娘」より)[Ungeduld, Op. 25-7, D. 795-7] Moderato assai 4分の3拍子 ヘ長調
第12曲 Le reflèt 水鏡 [Wiederschein, D. 949] Moderato maestoso 4分の4拍子 ハ長調
第13曲 Dis-le-moi 四つの時代 [Die vier Weltalter, Op. 111-3, D. 391] Allegretto grazioso 8分の3拍子 ト長調
第14曲 Souvenir 幻影 [Die Erscheinung, Op. 108-3, D. 229] Andantino amoroso 4分の4拍子 ホ長調
第15曲 Le plaisir 歓喜に寄す [An die Freude, Op. 111-1, D. 189] Allegro con spirito 4分の4拍子 ホ長調
第16曲 La fleur chérie 好きな色(「美しき水車小屋の娘」より) [Die liebe Farbe, Op. 25-16, D. 795-16] Andante un peu lent 4分の2拍子 ロ短調
第17曲 La peri (ou la truite) ます [Die Forolle, Op. 32, D. 550] Allegretto 4分の2拍子 ハ長調
第18曲 Illusion まぼろし(「冬の旅」より) [Täuschung, Op. 89-19, D. 911-19] Allegretto 8分の6拍子 イ長調
第19曲 La sérénade セレナード(「白鳥の歌」より) [Ständchen, D. 957-4] Moderato 4分の3拍子 ニ短調
第20曲 Le meunier voyageur さすらい(「美しき水車小屋の娘」より) [Das Wandern, Op. 25-1, D. 795-1] Allegro moderato assai 4分の2拍子 変ロ長調