1867年、《ピアノ協奏曲イ短調 作品16》で一躍有名になったグリーグは、この年から1901年にかけてこの作品集を書き上げた。生涯にわたって作曲されているため、グリーグの作風、ピアニズム、その変遷すべてがその中にあらわれており、グリーグの作品の中でも中心的な存在にある。
いずれも1分~6分程度のかるめの小品であり、ステージ用というよりは、主にサロンや家庭で広く親しまれていた。いずれの曲も、標題がつけられており、それぞれの曲に対して、一つの感情、気分、情景が表現されている。
1867年、第1集を発表したが、その後ピアノ、作曲、指揮など多忙だったこともあり、第2集が発表されたのは、その16年後であった。第2集から第10集はある一定の間隔をおきながら続けて作曲された。全10巻で、計66曲の作品がおさめられている。
グリーグ : 抒情小品集 第6集 / Lyriske smastykker No.6 op.57
グリーグが50歳にあたる、1893年にフランスのマントンで作曲され、出版された。この第6集には、どちらかといえば伝統的なヨーロッパサロンの雰囲気をもつ曲が多い。また、過去を懐かしむようなタイトルをもつ曲が多くみられはじめ、曲調も暗いものが増えてくる。
1.過ぎ去った日々 / op.57-1 "Svundene dage":A-B-A形式の、物語的な性格をもった作品。ニ短調のAの部分の冒頭で現れる重々しく嘆くような付点リズムの動機は、音価やリズム、調子をかえながら、曲を通して何度も登場する。右手の3和音が続く箇所では、それぞれの音のバランスに気をつけながら、豊かな響きをつくりあげることが大切である。左手のオクターブによる旋律線の演奏には体の深いところからの支えが必要である。アレグロ・ヴィヴァーチェからは活き活きとした力強さと明るさが垣間見られる。この中間部ではさらにピウ・レント、モルト・ヴィヴォによる緩急が繰り返される。テンポの急激な変化を計算にいれた上で、曲を構成する。再び曲調を暗くし、Aの部分へ。ffでクライマックスを形成したのち、消えるように曲をとじる。
2.ガーデ / op.57-2 "Gade":デンマークの作曲家、兼指揮者ニルス・W・ゲーゼに捧げられた曲。この曲はもともと〈デンマークの牧歌〉というタイトルがついており、デンマークのおだやかな風景が描かれた作品である。なめらかな旋律が右手、左手とデュエットの形で交互に歌われながら、小川の流れのように切れ目なく曲が進行していく。全体的にしなやかな手でもって、丸みをおびた暖かい音色をつくるようにしたい。
3.幻影 / op.57-3 "Illusion":フェルマータがついたト音にはじまり、幻影をおいもとめるように、悲しみに満ちた旋律が下降していく。特にひとつひとつの16分音符を長めにとることで、嘆くような感情をあらわすことができるだろう。また、一つのフレーズの中で、音のエネルギーがどこへむかって集約されていくのかを意識することで、曲に推進力を与えることができる。
4.秘密 / op.57-4 "Hemmelighed":ひそやかに、そしてドルチェで旋律を歌いながらも、その下にある緊張感を絶やしてはいけない。それは、長音音符や、休符の形で表れているので、その音の響きや、音のない空間を意識しつづけることが大切であろう。精神力を必要とされる曲。
5.彼女は踊る / op.57-5 "Hun danser":明るい曲調をもつワルツであるとはいえ、活気に満ちた、という性格のものではなく、優雅で繊細な雰囲気をたたえている。2、3拍目で、16分音符が重音で奏されることから、その演奏は重くもったりしたものになりがちである。正しい打鍵で軽やかに奏するためには、入念な練習が必要であろう。
6.郷愁 / op.57-6 "Hjemve":ホ音からはじまる冒頭の3音は、ヨトゥンヘイム山峡地域できき、インスピレーションをうけた山羊笛の音からとられているといわれる。故郷への想いが切々と、ため息まじりに歌われているようだ。中間部では雰囲気が一変、高音で粒がたつような旋律が軽やかにキラキラと奏され、曲を一気にひきしめている。最後は非常に静かにゆっくりと、曲を閉じる。