《2つの小品》は、第1曲に《ローエングリン》から〈ヴァルトブルク城への客人の入場〉、第2曲に《タンホイザー》から〈エルザの結婚の行進〉を収録する。いかにも平凡なこの全体タイトルだが、それはワーグナーによって提示された。「どんなタイトルが良いだろうか」(1853年2月18日付)とリストが手紙で問い合わせるもワーグナーから回答はなく、そのおよそ一週間後の再度の問い合わせに対して、「《ローエングリンとタンホイザーから2つの小品》で良いのでは」(同年3月3日付)、と素っ気ない返事が届いたのだった。3年前の《タンホイザー序曲》には大いに熱狂したワーグナーだったが、すでにこの時期、リストの編曲にあまり興味を示さなくなってきていたのかもしれない。(その後ワーグナーの関心は明らかに薄れてゆき、1860年代以降はリストの編曲に対してコメントしていない。)
第1曲〈ヴァルトブルク城への客人の入場〉
リストのオリジナル曲の創作過程がしばしばそうであるように、編曲の多くも初稿の出版後、一度あるいは数度改訂されている。いくつかの曲は初版から20年も後になって改訂稿が作られ、出版もされた。しかしほとんどの場合、改訂の度合いは極めて微細である。
そのようななかで、ワーグナーの《タンホイザー》第2幕第4場に基づく《ヴァルトブルク城への客人の入場》には、特異な改訂の歴史がある。1852年の初稿を翌年に出版したリストは、1874年になって改訂稿を作成し、翌75年に出版した。両版の差異はほとんどない。しかしその後、事態は思わぬ方向へと動き出す。1876年11月、オペラ《タンホイザー》の出版社C. F. メーザーが、リストの編曲出版社であるブライトコプフ・ウント・ヘルテル社(以下「B&H」)に対し、リストの編曲譜は原曲オペラのピアノ譜(原語は“Klavierauszug”で、いわゆるヴォーカル・スコアのこと)をリプリントしたものに過ぎない、と版権侵害を訴えてきたのである。(確かにリストの編曲《客人の入場》(1852/74年稿)は原曲の旋律線を基本的に追うもので、リストの独創的な扱いを全面に打ち出すものではない。その点においては、一般的なオペラのピアノ譜の似たような仕上がりと表現すことも出来るかもしれない。しかし編曲の結尾部分に追加された40小節にもおよぶリスト独自の後奏は、メーザー社の訴えにもかかわらず、リストの譜が紛れもなくリストのオリジナル編曲であることを示している。)
思いもかけぬ汚名を晴らすため、リストは直ちに大幅な「新改訂稿」を作成し、B&Hに同月12日付で送付した。しかし何らかの理由でこの稿は当時出版されるに至らず、それから125年余りの年月を経た2002年、『リスト新全集』の編曲シリーズ、第10巻において初めて印刷された。(〈客人の入場〉の出版および改訂の経緯については、同巻に記載された校訂者による解説を参照されたい。)
前述の通り1852年の初稿と1874年の改訂稿に差異はほとんどないが、しかし1852/74稿と1876年の新改訂稿を比較すると、両者の間には決定的な相違が確認される。76年稿は改訂の域を大幅に超えた、新たな取り組みと捉えられる編曲なのである。結尾に付加されたリスト独自の後奏以外、原曲の旋律線をそのままの形で追う1852/74年稿とは異なり、1876年の新改訂稿では予期せぬ世界が展開される。
原曲の通りロ長調で開始する76年稿だが、客人の入場を合図するファンファーレが終わると第25小節から異質な音色の主題旋律が登場してくる。ロ長調の継続を予期していた聴き手が第25小節でニ音を耳にするとき、曲は同主調ロ短調に転調したのかと思う。しかしそれは歪曲されたニ長調の主題で、奇妙な増2度音程(第31小節)を経て一時的にイ長調となり、さらにハ長調を経てようやく第41小節で原調のロ長調に軌道修正される。リストはその後もしばしば原曲から脇道にそれ、全体の小節数も1852年初稿の328小節から55小節分も拡大されることになった。
リストの編曲史のなかでも極めて特異な位置づけにある〈ヴァルトブルク城への客人の入場〉1876年の新改訂稿は、版権侵害の訴えに対応した産物とは言え、編曲というよりも自由にして意図的なパロディー、そして歪曲とでも表現すべき様相を呈している。
第2曲〈エルザの結婚の行進〉
《ローエングリン》第2幕第4場の冒頭部分に基づく〈エルザの結婚の行進〉では、そのほかの多くのワーグナー=リストの編曲と同じように、17小節の前奏が挿入されている。原曲オペラでは、エルザが現れる場面で音楽が半音上の調に転じ、男性4部合唱(2群)、次いで女声部が加わり、長大なクレッシェンドを描きながら壮大で天上的美しさのクライマックスを形成してゆく。しかし合唱が導入される部分に相当する第49小節以降も、リストは30小節余りの間、合唱パートではなくオーケストラの旋律線を追い続ける。
ワーグナーはこのエルザの結婚の行進場面を減七和音の挿入でもって突如中断させるため、リストは曲を終わりにもたらすための後奏を付け加える必要に迫られた。リスト独自の18小節におよぶ後奏は、〈結婚の行進〉の主題要素を継続しつつ、≪ローエングリン≫の前奏曲を思い起こさせるような和音で静かに閉じる。
現在、自筆譜はベルリンの国立図書館に所蔵されている。そこには「52年12月18日夕方、ハンスへ」と記入されているが、いずれの出版譜にもハンス・フォン・ビューロー(1830-94)への献呈は記されていない。