ワーグナー・オペラの編曲について。しばしば前奏や後奏を付け加えたり、歌が割愛されたりするのは何故でしょう。歌は大事な旋律なのにもかかわらず。それらの答えはワーグナーのそれまでとは違う革新的な作曲法にあります。
まず、前奏や後奏を付け加えなければいけなかった理由として、独立した前奏や終結のあるレチタティーボ、アリアという形式をとらずに、一続きで途切れることのない形式で書いたことが挙げられます。従いまして、アリアや合唱などを抜き出そうとすると切れ目がなく、やむを得ず始めと終りを ”らしく” 作らないといけないことになります。ただリストは、それも完全なオリジナルではなく、その作品の他の場面のテーマを使うことによって、ワーグナーの音楽を損なわないようにしています。
また、ワーグナーは常にメロディーだけを歌わせるのではなく、まるでオーケストラの一部のように中に絡めるような旋律を歌わせたり、かたや完全に音楽のうねりと感情に任せたような旋律があったりと、音楽の重要なメロディーやハーモニーはオーケストラが担っている部分も散見されます。このような、歌の音楽的重要度が比較的低い場所で、リストは歌よりもオーケストラのラインを優先して編曲しています。
「イゾルデの愛の死」でリストは、曲の構造のみならず、1小節たりとも疎かにすることなく、和声やリズムに至るまで、徹底的にピアノに移し替えています。このような編曲方法を彼は自身で「ピアノ・スコア」と呼んでいます。しかし、それでも歌が割愛されているところが多く、オーケストラと歌の配分が絶妙です。一音単位で歌とオーケストラから旋律を抜き出し、音楽的な感動は損なわず、かつオーケストラの響きを持たせるため、アルペジオやトレモロの多用等、リストの天才的な職人技ともいえるでしょう。
リストはこのオペラからは1曲しか編曲していませんが、しかしこのオペラの最後のクライマックスで歌われるアリアを、選んでいます。
あらすじは、コーンウォール国王マルケの甥であるトリスタンが王の使いとして王妃となるイゾルデを迎えに行くのですが、その帰り道で誤って媚薬を飲んでしまい、トリスタンとイゾルデは愛し合います。国に帰ってからも密会を重ねますが、王に見つかり殺されそうになり、重傷を負って故郷に戻ります。
イゾルデも後を追ってトリスタンの元へやってくるのですが、残念ながらイゾルデの腕の中で息を引き取ります。イゾルデが恍惚とした中で愛の死を歌い、自身も息絶える、という内容です。この曲は最後に死でもって愛を成就するという、劇的なものです。
この「トリスタンとイゾルデ」にはワーグナーの友人ヴェーゼンドンク夫人マティルデとの悲恋が投影されていると言われており、満たされることのない無限の憧れが、半音階和声の連続により表現されています。また〈第一幕への前奏曲〉は、音楽史を変え、調性崩壊の直接的な引き金となったトリスタン和音が使われている曲としても、よく知られています。