作品概要
作曲年:1867年
出版年:1867年
楽器編成:ピアノ独奏曲
ジャンル:リダクション/アレンジメント
総演奏時間:11分00秒
著作権:パブリック・ドメイン
※特記事項:ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」第3幕から「イゾルデの愛の死」のアレンジ
解説 (2)
総説 : 上山 典子
(766 文字)
更新日:2015年5月21日
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総説 : 上山 典子 (766 文字)
ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》最終場面(第3幕の終結部)の劇的なアリアに基づく《イゾルデの愛の死》は、原曲の初演から2年後の1867年に完成した。ワーグナーの分厚く豊かな対位法的テクスチュアをわずか10本の指で演奏するために、リストは楽譜上で一音一音を対応させる忠実さではなく、演奏効果上の近似を追求する手段をとった。
アルペッジョ、トレモロ、和音連打、そしてペダルの多用に加えて、こうした技巧を扱いこなす演奏者の豊かな表現力により、リストの《愛の死》はピアノ一台でオーケストラに匹敵する絶え間ない音のうねり、官能的で甘美な響きを生み出す。そしてロ長調のまばゆく神々しい響きのなかで、イゾルデの法悦が再現されることになる。
終盤の壮大なクライマックス部分で、リストは大譜表を越えて、三段譜を用いるに至る。ピアノにおけるオーケストラ的な響きを要求する際に用いるこの三段譜は、過去、リスト自身のピアノ曲では《超絶技巧練習曲》の第4曲〈マゼッパ〉、またピアノ編曲ではベートーヴェンの交響曲第3番、葬送行進曲のファンファーレ部分、そして《ローエングリン》の第3幕への前奏曲を扱う《祝典と婚礼の歌》などでも確認される。
原曲の第2幕第2場〈愛の二重唱〉からの引用に基づく4小節の前奏は、編曲作業の最終段階で付加された。またワイマール古典主義財団の資料館、ゲーテ・ウント・シラー・アルヒーフに所蔵されている自筆譜から、リストがこの導入部を少なくとも3度書き直していたことが分かっている(Hamilton, 2009)。この4小節に対する後世の評価は分かれているが、原曲の最終場面で登場する「愛の歌の動機」が〈愛の二重唱〉ですでに姿を現していることから、リストの前奏は唐突な挿入なのではなく、両場面のつながりを巧みに扱ったものと理解できるだろう。
演奏のヒント : 脇岡 洋平
(1234 文字)
更新日:2018年3月12日
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演奏のヒント : 脇岡 洋平 (1234 文字)
ワーグナー・オペラの編曲について。しばしば前奏や後奏を付け加えたり、歌が割愛されたりするのは何故でしょう。歌は大事な旋律なのにもかかわらず。それらの答えはワーグナーのそれまでとは違う革新的な作曲法にあります。
まず、前奏や後奏を付け加えなければいけなかった理由として、独立した前奏や終結のあるレチタティーボ、アリアという形式をとらずに、一続きで途切れることのない形式で書いたことが挙げられます。従いまして、アリアや合唱などを抜き出そうとすると切れ目がなく、やむを得ず始めと終りを ”らしく” 作らないといけないことになります。ただリストは、それも完全なオリジナルではなく、その作品の他の場面のテーマを使うことによって、ワーグナーの音楽を損なわないようにしています。
また、ワーグナーは常にメロディーだけを歌わせるのではなく、まるでオーケストラの一部のように中に絡めるような旋律を歌わせたり、かたや完全に音楽のうねりと感情に任せたような旋律があったりと、音楽の重要なメロディーやハーモニーはオーケストラが担っている部分も散見されます。このような、歌の音楽的重要度が比較的低い場所で、リストは歌よりもオーケストラのラインを優先して編曲しています。
「イゾルデの愛の死」でリストは、曲の構造のみならず、1小節たりとも疎かにすることなく、和声やリズムに至るまで、徹底的にピアノに移し替えています。このような編曲方法を彼は自身で「ピアノ・スコア」と呼んでいます。しかし、それでも歌が割愛されているところが多く、オーケストラと歌の配分が絶妙です。一音単位で歌とオーケストラから旋律を抜き出し、音楽的な感動は損なわず、かつオーケストラの響きを持たせるため、アルペジオやトレモロの多用等、リストの天才的な職人技ともいえるでしょう。
リストはこのオペラからは1曲しか編曲していませんが、しかしこのオペラの最後のクライマックスで歌われるアリアを、選んでいます。
あらすじは、コーンウォール国王マルケの甥であるトリスタンが王の使いとして王妃となるイゾルデを迎えに行くのですが、その帰り道で誤って媚薬を飲んでしまい、トリスタンとイゾルデは愛し合います。国に帰ってからも密会を重ねますが、王に見つかり殺されそうになり、重傷を負って故郷に戻ります。
イゾルデも後を追ってトリスタンの元へやってくるのですが、残念ながらイゾルデの腕の中で息を引き取ります。イゾルデが恍惚とした中で愛の死を歌い、自身も息絶える、という内容です。この曲は最後に死でもって愛を成就するという、劇的なものです。
この「トリスタンとイゾルデ」にはワーグナーの友人ヴェーゼンドンク夫人マティルデとの悲恋が投影されていると言われており、満たされることのない無限の憧れが、半音階和声の連続により表現されています。また〈第一幕への前奏曲〉は、音楽史を変え、調性崩壊の直接的な引き金となったトリスタン和音が使われている曲としても、よく知られています。