橋本 國彦 :をどり
Hashimoto, Qunihico:WODORI
執筆者 : 仲辻 真帆 (1066文字)
※出版事項について 《をどり》の出版譜は、2種類確認することができる。 共益商社書店より1934(昭和9)年に出版された楽譜には、「をどり:ピアノ獨奏曲」という日本語表題とともに、“Danse coquette : piano solo” というフランス語が印字されている。また、表紙には花柳壽美(1898~1947)の肖像が掲載されている。 一方、1968(昭和43)年に出版(著作権表示)された全音ピアノピースNo. 242は和田則彦が校訂した楽譜で、表題に目を向けると、矢張り「おどり」(注1)と “Danse coquette” という記載が併記されている。 《をどり》の自筆譜は、2015年4月現在、明治学院大学図書館付属日本近代音楽館が所蔵している。自筆譜を見ると、表紙に「花柳壽美氏に贈る」「橋本國彦 昭和九年六月作曲」という記入が認められる他、楽譜冒頭に “quasi “Alla Breve” / Coquettish” の書き込みとともに、筆圧薄く “Ritmato / ♩=160” と記されていることがわかる。 2社から出版された楽譜がいずれも “Danse coquette” という表記を用いている理由は、作曲者自身の手稿譜に “Coquettish” の指示があるためであろう。いずれにせよ、この作品は単なる踊りをモチーフにした作品ではなく、“coquette” の要素が盛り込まれていることに留意したい。“coquette” は、『広辞苑』第二版(岩波書店、1969年)によると、「色っぽい女」と定義されており、“coquettish” の項には「なまめかしい」「あだっぽい」の意が挙げられている。本作品が花柳壽美に贈られていることからも、「をどり」が日本舞踊の要素を含み持ち、あでやかな魅力を内在させていることがわかる。 なお、自筆譜と出版譜とで差異がみられた箇所をここに記し置く。 88から89小節目にかけて、Tempo I となって曲調に変化がみられる部分で、出版譜にはない“decrescendo” の強弱記号や “subito” の表情記号が、自筆譜には明記されている。出版の段階でこうした記号が見落とされたということも考えられるが、自筆譜には数か所に修正や加筆の形跡が見られることから、出版された後に記号類が追記された可能性も指摘できる。 注1) 作曲者自身は「をどり」という表記を用いており、初版譜もそのように記載しているが、全音ピアノピースには「おどり」と記されている。
解説 : 杉浦 菜々子 (475文字)
1934年6月作曲。同年作曲の橋本の「三枚繪」同様、日本舞踏家である花柳寿美に献呈されている。「Dance Coquette」と英語名のタイトルが付されている通り、コケティッシュで雅な日本女性の踊りを想起させる冒頭部は、伴奏部分に小太鼓のような裏打ちが入り、日本舞踏の風情を余す所なく伝える。
「ドビュッシーやラヴェルの様式と日本風ペンタトニックとの極上の融合物である。」と片山杜秀氏により評されている(※)。
楽譜は、全音楽譜出版社よりピアノピースが出版されている。(校訂者、和田則彦)出版譜では、テンポの記載が四分音符=160に対し、自筆譜では四分音符=100になっているが、併記されたQuassi alla breveのテンポ感を留意すると、四分音符=100では実現が難しく、校訂後のテンポで演奏するのが適当と思われる。
※『日本の作曲20世紀』(音楽之友社)p.200
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