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ヒンデミット :ピアノ・ソナタ 第2番 ト長調

Hindemith, Paul:Sonate für Klavier Nr.2 G-Dur

作品概要

楽曲ID:2900
作曲年:1936年 
出版年:1936年 
初出版社:Schott
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:ソナタ
総演奏時間:13分30秒
著作権:保護期間中

解説 (1)

解説 : 千葉 豊 (3835文字)

更新日:2022年4月5日
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総括

 本作品は、ヒンデミットが遺した3曲の《ピアノ・ソナタ》シリーズの中で演奏時間が最も短く、第1番と第3番と比較すると半分ほどの長さである(約13分)。1936年6月~8月にかけて、《ピアノ・ソナタ》第1~3番を一気に完成させたヒンデミットは、この時期にナチスの影響下でドイツ国内での教育・演奏活動を制限されていたが、その反動もあってか、自らの音楽理論を再構築し、成文化しようという意識が高まっていた考えられる。その意識は、同時期にヒンデミットの中期創作を代表する一曲である《マリアの生涯》(1923)の改訂に取り掛かり始めたことや、『作曲の手引第1巻:理論編』(1937)の執筆に着手していたことに現れている。従って、本作品は、ヒンデミットがそれまでのキャリアの中で培った音楽の理論と実践の1つの帰結と見なされ得るものであろうし、また同時に、彼の作曲様式の新たな転換点を予見する作品でもある。

 

第1楽章 2/4, 3/4 適度に速く Mäßig schnell(♩=108)

 

ソナタ・アレグロ形式と見なされるが、展開部が簡潔であるため、むしろソナチネとして捉えることもできる。

 

提示部(第1~63小節)

第1~6小節まで、左手伴奏によってト音が執拗に強調されながらも、ト長調でもト短調とも取れない「ト調」の音楽が始まる。右手が奏でる第1主題の旋律は、五音音階(ト音、イ音、ハ音、ニ音、ヘ音)を示唆することによってどこか民族的な雰囲気を湛えながらも、アルカイックな響きを演出している。第26小節の2拍目に、pからfへの唐突な強弱の変化が起こり、短い挿入的な部分(挿入句a)が現れる。16分音符による即興的な音楽的運動とオクターヴとの対比が第1主題とは異なる音楽世界を暗示する。第36小節で音域的にも緊張感が頂点に達し、右手の16分音符の下行とともに急速に挿入句aが閉じられる。

第41小節から始まる第2主題は、「ヘ調」(どちらかというとヘ短調の傾向)に基づいている。第56小節からは同主題がオクターヴ音型で奏でられ、左手は新たな伴奏型に変化するが、そのまま直接展開部へと推移する。

 

展開部(第63~94小節)

第63小節1音目に両手がヘ音上のオクターヴをfで打音したのを合図に、第2主題が強制的に切断されて、強弱をpまで下げて展開部が始まる。展開部は、提示部に現れた挿入句aを素材としており、右手の16分音符の音型と左手のオクターヴ音型が音楽に勢いと駆動力を与える。特に第73小節2拍目からは、左手がオクターヴを8分音符で律動的に打ち鳴らし、右手は16分音符で同じ音型を反復することによって、音楽が急き立てられるように進行していく。第89小節2拍目から両手で16分音符の淀みない音型をかき鳴らし、強弱もffまで上昇するが、音楽はその勢いのまま再現部へと突入する。

 

再現部(第95~156小節)

第1主題が提示部の時とは全く表情を変えて回帰し、分厚いテクスチュアでオクターヴの響きを強調しながら再現部が開始する。展開部冒頭に、1音目をオクターヴとする3音上行形の伴奏が現れるが、再現部でもその伴奏型が引き継がれる。同伴奏型が執拗に反復されることで、音楽は工場の重機械の力強くも精密な動きを想起させるかのように進行する。

第117小節からは第2主題が今度はハ短調で回帰するが、第130小節からはト短調で再現される。第2主題が同じモティーフを変奏的に繰り返しながら衰微していき、第145小節から第1主題が提示部の時よりも1オクターヴ音域を下げて再現される。最後はト長調の主和音を提示して、静かに音楽を閉じる。

 

第2楽章 3/4 生き生きと Lebhaft(?.=80)

 長いコーダを伴う三部(ABA’)形式。各部分は、ユニゾンによる同一モティーフが合図となって開始する。

 

A(第1~26小節)

冒頭1~4小節にかけてのユニゾンが躍動的に第2楽章を開始させる。和声を露骨に提示することなく、どこか調子の外れた印象を与える曲調であり、全体としては明るくユーモラスな雰囲気をもっている。ロ音と嬰へ音に調的な重心が置かれているが、ニ音と嬰ニ音が両方ほのめかされることで、ロ調を維持している。

 

B(第26~68小節)

第26~29小節のユニゾンを区切りとして、Aに比べて不協和な響きが顕著で怪奇的なBが開始する。第44小節から、音域を拡大させてオクターブを基調とするダイナミックな展開を見せ、第54小節では(本楽曲の音楽的物語上の主人公が)ハッと何かに気づいたかのように演出された唐突なffに至る。第56小節からは一気にmpまで弱まり、音楽は変ロ長調を示唆しながらその落ち着きを取り戻そうとする。しかし、第62小節からは再び潜在的な不安感が噴き出していくように音域と音量を拡大させて、音楽的な緊張感を高める。

 

A’(第69~108小節)

Aが部分的に変化させられながら回帰する。第97小節からは第9~18小節の変形がffで現れ、本楽章中最も高い音域で印象的に挿入される。この新たな挿入句が段階的に音域を下げながら急速に収束し、第105小節からはppに向かってユニゾンで音楽が停滞していく。全体として単一の調性を確立することはないが、部分的にホ長調(第69~70小節、第80~81小節、第95~97小節)、変イ長調(第82~87小節)がほのめかされる。

 

コーダ(第109~144小節)

各部分を区切るユニゾンのモティーフが分解され、右手と左手によるカノンへと変奏される。コーダ開始時のppから第116小節でffに至るまで一気に音量を増したのも束の間、第117小節以降は、Aで登場した虚しさと退廃的な気分を孕んだ大楽節(第18小節3拍目~第26小節1拍目)が拡張的に変奏される。上行音型による前楽節が何かを訴えるように、徐々に切り詰められながら反復されるが、空虚5度を印象的に用いた後楽節によってあっさりと閉じられて、中途半端な虚しい印象を与える。第135小節からは再びユニゾンのモティーフが現れて、最終的にはホ音上の長三和音でホ長調を確立して静かに締め括られる。

 

第3楽章

 

前奏と後奏を含むロンド形式。

 

前奏(第1~20小節)6/8, 9/8 非常に遅く Sehr langsam(♪=69以下で)

冒頭、付点リズムを基調とするロ短調の主題が、葬送行進曲のように提示される。第3~4小節で、属長調である嬰ヘ長調を示唆しつつ、第5小節ではヘ短調の主和音、第6小節ではニ短調の主和音を響かせて、調的に不安定な状態で彷徨うように音楽が進行する。第9小節目の「進展する vorangehen」の部分から、両手の旋律が線的に織り合わされ、徐々に音量を増していくが、第13小節目3拍目をピークに音楽は再び力を失っていく。第16小節(「静かな Ruhig」)で、平穏を象徴するようなニ長調による9/8拍子の部分に移行するものの、第18小節でfで打ち鳴らされる3つの和音が調性感を一度崩壊させる。第19小節でニ長調の平穏を取り戻したかと思いきや、第20小節最後に嬰ヘ長調の主和音を提示する。

 

ロンド(第21~197小節)2/2, 3/2 活発に Bewegt?=100-108)

全体は、A/B/A’/C/A”/D(前奏の再現)/A/B’/A’”/Coda

前奏から音楽的性格を激変させて急速に始まるAは、忙しないほどに活発な性格を維持しながら第32小節まで続く。同小節2拍目からBが開始し、pfに向かって同一音型を反復するが、第40小節を頂点として音楽は急速に衰微していく。第46小節からAが変奏的に回帰し、第54小節からはAの右手の旋律が左手に移り、同部分で奏でられる右手の和音の上声部は音楽に推進力を与える(A’)。第65小節2拍目からCが始まり、右手の2度下行+3度下行+3度下行の4音音型が反復されつつ、音域を1オクターヴ上げて緊張感を高める。第79小節からは左手の半音階的な旋律を伴いながら、右手の音型がタイによって拍節感を崩すことで、Cのもつ即興性が誇張される。第101小節以降Aが再び変奏的に回帰するが(A”)、第125小節4拍目から、前奏のロ短調主題がト短調に移調して再現される(D)。前奏部分とは異なり、速度も音量も上がって、さらに付点リズムは排されて再現・拡張されるため、激情的で悲痛な印象を与える。音域を段階的に引き上げ、第150小節で音量もffまで到達するが、第152小節を頂点として音楽は急激に停滞していく。第163小節3拍目からは、最初のA(第22~32小節)がそのまま変わらずに再現される(A)。第174小節2拍目からBに回帰するが、ここでは右手の特徴的な音型(第33~34小節)の変形が経過的に反復される。第186小節3拍目で、ホ長調の主和音をfで打ち鳴らして象徴的にAに回帰するが、「徐々に遅くなって langsamer werden」ppに至るまで、断片的に再現されるに留まり、静かにロンドを閉じる。

 

後奏(第198~203小節)9/8 遅く Langsam(♪=69以下で)

前奏第16小節から始まる部分が変ホ長調で回帰する。前奏と同様に、第200小節の3つの和音が調性感を打ち消した後、再び変ホ長調が回復するものの、第1楽章を締め括ったト長調の主和音で極めて静かに音楽が終わる。

執筆者: 千葉 豊

楽章等 (3)

第1楽章

総演奏時間:3分00秒 

動画0

編曲0

第2楽章

総演奏時間:2分00秒 

第3楽章

総演奏時間:8分30秒 

動画0

編曲0

楽譜

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