一般的に19世紀ロシアではピアノソナタという分野は馴染みの薄いものであったが、チャイコフスキーは1865年にも1曲書いている。そして第2作であるこの「グランドソナタ」は1878年に作曲され、ニコライ・ルービンシュタインによってモスクワで初演された。前年までモスクワ音楽院で教鞭をとっていたチャイコフスキーは、このころからスイス・フランス・イタリアなどで生活することが多くなり、また富豪の未亡人N.フォン=メック夫人の年金援助をえて作曲に専念しつつあった。題名からもうかがえるようにシューマンの非常に交響楽的要素の強い「ピアノソナタ第3番 へ短調(通称グランドソナタ)」を参考にしたと思われる。一般に演奏されることは決して多くないがいかにもロマン派のピアノソナタらしい隠れた名曲である。
第1楽章:Moderato e risoluto ソナタ形式。勇壮なファンファーレ風楽想とロシアの教会の鐘の音を模した重々しい第一主題ではじまり、一変して物悲しいモチーフ、甘く夢見るような第二主題とその変奏へと続く。展開部は冒頭のファンファーレが荘重な和音や分散和音で繰り広げられる。再現部を経てコーダはオーケストラのトゥッティのように非常に華やかに終わる。
第2楽章:Andante non troppo quasi moderato 瞑想的なテーマではじまり、フォルテの部分では第一楽章でもみられた符点のモチーフがここでも現れる。中間部は四分の二拍子の生き生きとしたテーマを用いている。様々なテーマが再現のたびに変奏されているのが印象的である。
第3楽章:Allegro giocoso スケルツォ。主部は弱拍にアクセントを持ち、軽快に進む。中間部では転調して、いくつもの声部に現れるスケールがまるでいくつもの楽器が呼応し合うかのように絡み合う。
第4楽章:Allegro vivace フィナーレ。シンコペーションの明るい主題ではじまる。流れるような十六分音符、スタッカートでの裏拍にアクセントのある和音のメロディーなどを経て、中間部では物悲しいロシアの民謡風な旋律が聴かれる。さらに第二エピソードはこれもロシアの民謡合唱のような楽しいメロディーである。再現部を経てコーダはもとのト長調の主音であるGのオルゲルプンクトの上で第二エピソードが奏でられ次第に静まっていくが、最後は華々しく和音のトゥッティで終わる。