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ストラヴィンスキー :春の祭典(作曲者編曲)

Stravinsky, Igor Fyodorovich:The rite of spring

作品概要

作曲年:1912年 
楽器編成:ピアノ合奏曲 
ジャンル:リダクション/アレンジメント
原曲・関連曲: ストラヴィンスキー春の祭典

解説 (1)

解説 : 舘 亜里沙 (1474文字)

更新日:2019年11月16日
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バレエ曲《春の祭典》(1913年初演)は《火の鳥》(1910年初演)と《ペトルーシュカ》(1911年初演)と並んで、創作初期のストラヴィンスキーの代表作(通称「三大バレエ」)に数え上げられるとともに、20世紀の原始主義を代表する作品とも言われている。「原始主義」とは音楽の諸要素の中でもとりわけリズムに工夫を凝らすことで、音楽に内在する原始的なエネルギーや躍動感を引き出そうとすることを指す。そのため原始主義と呼ばれる楽曲の多くは非西洋圏の舞踊や太古の儀式といったものを題材とし、それまでの西洋音楽には無かった打楽器的な楽器の扱いや音楽の不定周期的な流れを特徴としている。

《春の祭典》も、題材が大地に芽吹く春を讃えて太陽の神に生贄を捧げる原スラヴ人の儀式であること、変拍子とランダムに聞こえる(ように書かれた)アクセントが絶え間ない緊張感を生み出していることから原始主義的な着想のもとに創られたと言うことが出来る。

作品の成立については、バレエ・リュス(1909年発足、1929年解散)の活動を抜きにして語ることは出来ない。主宰のディアギレフ Sergei Diaghilev(1872-1929)は芸術家達の才能を発掘することに長けており、作曲家ではサティ、ラヴェル、プロコフィエフなど、美術家ではピカソやマティスなど、振付家ではマシーンやバランシンなど、現在になっても広く名を知られる人物と共に革新的なバレエ作品を次々と輩出している。そして当時はまだ新進の作曲家だったストラヴィンスキーも、当初はピンチヒッターとして依頼された《火の鳥》に続き、《ペトルーシュカ》と《春の祭典》をバレエ・リュスのもとで作曲することとなる。《春の祭典》の美術と衣装には、既に着想の段階からストラヴィンスキーと関わりがあったと考えられる知識人レーリヒNicholas Roerich(1874-1947)が入り、振付には《ペトルーシュカ》でタイトルロールを踊ったばかりのニジンスキー Vaslav Fomich Nijinsky(1890-1950)が入った。  

こうして各芸術分野の才能を結集して完成した《春の祭典》だが、1913年5月29日のパリ・シャンゼリゼ劇場での初演は大騒動になったと伝わっている。そのことについては「ニジンスキーがダンサー達のために拍数を叫ばなければならないほど客席では怒号が飛び交った」といった極端な記述もある上、関係者によるそれぞれの発言にも矛盾する点が多いため、現在でも正確な状況描写をすることは難しい。だが明らかとなっているのは、この初演時の観客が《春の祭典》を支持する派と拒否する派に割れたことである。そのことは同作品が「異教徒」や「古代」といった19世紀にも流行した題材を扱っているにもかかわらず、それまでの西洋音楽におけるエキゾチシズム等とは一線を画す性質を持っていたことを示唆している。実際《春の祭典》はその後多くの20世紀芸術家達を魅了することになり、先日亡くなったばかりのブーレーズ Pierre Boulez(1925-2016)をはじめとする音楽家達が詳細な楽曲分析を試み、日本での功績も多い振付家ベジャール Maurice Béjart(1927-2007)などの振付家が振付を試みている。  

2台ピアノ版は1912-13年にバレエとしての作曲と並行して書かれたが、1947年に若干の修正を経て出版されている。作曲者自身が編曲することによって、複調の仕組みや和声構造など、各楽曲の構造が非常に明確化されている。

執筆者: 舘 亜里沙

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