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アイルランド民謡 :庭の千草(夏の名残りの薔薇)

Irish Folk Songs:The Last Rose of Summer

作品概要

楽曲ID:19759
楽器編成:その他 
ジャンル:種々の作品
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解説 (1)

執筆者 : 小林 由希絵 (1328文字)

更新日:2018年3月12日
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〈庭の千草〉の名で、戦前から日本人に深く愛されているアイルランド民謡。 里見義(さとみただし)が訳詞を手がけ(当初は日本人に親しみやすいように「菊」という曲名だった)、明治17年に発行された「小学校唱歌集」第3編に収録されている。 原題は「The Last Rose of Summer」(夏の名残のばら)。 元々の旋律は、〈ブラーニーの木立〉というアイルランドの古い民謡で、民謡収集家エドワード・バンティングが編纂した「アイルランド古典音楽集」に収められている中の一曲。詩は、アイルランドを代表する国民的詩人トマス・ムーアによるもの。ムーアは大学生の頃からバンティングに強い憧れを抱き、バンティングが収集した民謡に自作の詩を書きたいと懇願していたが、バンティングに申し出を断られ続けていた。 しかしその後10年近くの歳月を経て、ようやくムーアは詩を書く機会を手にすることとなり、ムーアの自作の詩によるアイルランド民謡集を出版する。長年の念願かなって出来上がったこの曲集の中には〈庭の千草〉をはじめ、〈ミストレルボーイ〉や〈春の日の花と輝く〉など今日も歌い継がれているアイルランドの名曲たちが多く入っている。曲集にはメロディだけでなく、ピアノ伴奏譜もあわせて掲載されており、編曲は作曲家のジョン・アンドリュー・スティーヴンソンが手がけている。  〈庭の千草〉は、1847年にドイツで初演されたフリードリヒ・フォン・フロトーのオペラ「マルタ」でメロディが引用されたことをきっかけに、ヨーロッパ中に広まり、19世紀を中心に多くの作品の題材となり、ベートーベンやメンデルスゾーン、グリンカ、グノーなど、数多くの作曲家たちが変奏曲や編曲を作品を残している。また20世紀に入っても、レーガーやヒンデミット、ブリテンらがこの曲を題材とした作品を書いている。  ムーアはこの曲で「季節はずれの夏にたった一輪ひっそりと咲くばらの花」を詩っているが、この曲が誕生し広まっていった背景には、アイルランドが19世紀に抱えていた飢饉と移民問題と密接な関係がある。  アイルランドでは16世紀以降ジャガイモを主食としてきていたが、度々飢饉に苦しめられてきた。特に1845年から4年間に渡って起こった大飢饉では、ジャガイモの疫病により、100万人以上の餓死者を出し、辛うじて生き延びた人も国を捨て、移民として200万人もの人がアメリアやオーストラリア、またイギリス本土へと海を渡っていったという。 人々は、ムーアが描いた「夏の終わりにひっそりと咲く一輪のばらの花」に、愛する家族や友人たちを失い、ただ独り残されたやるせない想いを重ねていたのかもしれない。  ジャガイモの大飢饉による人口流出は、アイルランドに大打撃を与え、大幅な人口減少を引き起こしたが、〈庭の千草〉をはじめアイルランド音楽が世界中へ広まるきっかけともなった。 移民と共にアメリカへ渡ったアイルランド音楽は、やがてカントリー音楽となり、その後のアメリカ音楽の礎を築いた。ジャガイモの不作による痛ましい大飢饉で失われたものは計り知れないものであったが、アイルランド人の魂は、音楽という形で今日まで脈々と受け継がれている。

執筆者: 小林 由希絵

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