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バイエル 1803-1863 Beyer, Ferdinand

  • 解説:槇平 由香 (1281文字)

  • 更新日:2019年3月9日
  • 19世紀のドイツで活躍した作曲家、編曲家、ピアニスト。世界で広く知られているピアノ教本『バイエル:ピアノ奏法入門書(バイエルピアノ教則本) Vorschule im Klavierspiel op.101』を書いたバイエルだが、実はあまりその人生については知られていなかった。しかし、2012年に刊行された『バイエルの謎 日本文化になったピアノ教則本』(安田寛著、音楽之友社[2016年には同タイトルで新潮文庫より文庫本化されている])で、謎に包まれていたバイエルの人物像が明らかになっている。

    ドイツのザクセン=アンハルト州の南、ヘンデルの生誕地であるハレにほど近いクヴェーアフルト Querfurtでバイエルは1806年7月25日に生まれた。長らくバイエルの生年は1803年とされていたが、『バイエルの謎』の著者、安田寛氏の調査によって、生まれが1806年だと分かっている。この著書によると、母方祖父と母親がオルガニストだったため、バイエルもライプツィヒの神学校へ入学し、ここで音楽の訓練を受けたようだ。その後、1837年にドイツ中西部の都市マインツへ移住した。マインツには楽譜出版社ショット Schottの本社(1770年設立)があることで知られている。おそらく、バイエルがマインツに定住したのも、ショット社があったことと無関係ではなかっただろう。1838年にバイエルの作品が初めてショット社から出版されると、以後亡くなるまで間を開けることなく、絶えず楽譜を書き続け出版していた。記録を見てみると、バイエルの作品はマインツのショット社のほか、ボンのジムロック社、ライプツィヒのブライトコプフ・ウント・ヘルテル社とホフマイスター社からも出版されている。このことからも、バイエルが当時の流行作曲家だったことは想像に難くない。バイエルの作品の多くは、当時人気のあったオペラの曲をピアノ用に編曲したものや、ドイツ人作曲家による歌を編曲したもの、ドイツ以外の国の歌を編曲したものなど多岐に渡る。また、オリジナル曲や編曲では19世紀中ごろに大流行したギャロップ(跳躍のある2拍子または4拍子の踊り)も多い。そして、ピアノ人口の増加に伴い、初級者のためのメソッドが必要とされていた時代背景もあってか、1850年にショット社より刊行された『ピアノ奏法入門書(バイエルピアノ教則本)』を出版し、その名を音楽史に刻んだ。バイエルはこうした楽譜の出版のおかげで十分な収入を得ていたようで、当時の作曲家としてはかなり大きな成功を収めた。ドイツ国内で活躍したバイエルだったが、世界最高峰とも言われるドイツの大音楽辞典『MGG (Musik in Geschichte und Gegenwart 音楽の歴史と現在)』には、残念なことにフェルディナント・バイエルの項目はない。しかし、『バイエルピアノ教則本』は現代のピアノ教育界にも残る偉大な功績であり、バイエルが決して忘れ去られてしまったただの流行作曲家ではないことを証明している。

     1863年5月14日、56歳でマインツにて没した。

    執筆者: 槇平 由香
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    解説 : 宮本 優美 (108文字)

    更新日:2007年8月1日
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