【概説2】
1885年10月作曲。
第一楽章第一部:アレグロ・アジタート、八分の六拍子、ニ短調、ソナタ形式。
第一楽章第二部:アダージョ、四分の三拍子、変ホ長調、三部形式。
第二楽章第一部:アレグレット・モデラート、八分の三拍子、ト短調、三部形式。
第二楽章第二部:アレグロ・モルト、四分の四拍子、ニ長調、ソナタ形式。
二楽章をそれぞれ二部ずつに分け、四楽章あるかのような構成にし、循環主題で全体を統一させる手法は《ピアノ協奏曲》第4番(1875)において既に見られるが、やはりこのソナタの翌年作曲された《交響曲》第3番(オルガン付)と密接に関わっていると考えられる。献呈先はマルタン・マルシック(1847-1924)、先の概説1において既出のジャック・ティボー(1880-1953)の師匠であるが、両者ともそのヴァイオリニストとしてのキャリアにおいてサン=サーンスのヴァイオリン作品が深く関わっている所が興味深い。作曲の前年、1884年11月にサン=サーンスはマルシックとスイスへ演奏旅行しており、その記念に捧げられた。初演は1885年説もあり、私的に演奏された可能性は十分あるが、Sabina Teller Ratner氏のカタログに従い、1886年1月9日、マルシックと作曲家自身による演奏とする。
第一楽章第一部は舟唄(バルカロール)の第一主題で始まる(主題A)。
譜例1. 主題A
主題Aがもう一度繰り返された後、ヘ長調の第二主題(主題B)が登場する。
譜例2. 主題B
こちらが循環主題となり、またプルーストのヴァントゥイユのソナタの小楽節のモデルである。「ヴァイオリンの、か細いけれど持久力のある密度の高い主導的な小さな旋律線」とピアノの「さざ波の音のように湧きあが」る伴奏音型という表現はこの主題Bに当てはまり、「ジャック・チボーが演奏して大当たりをとった」ほど美しいフレーズとしてはこの主題以外考えられない。主題Aによって提示部が締めくくられた後、展開部として主題Aから派生した第三主題(主題C)によるフーガが始まるが、ここでは短い導入にとどまり、再び主題Bが高らかに歌われる。
譜例3. 主題C
主題Aによって再現部の開始が告げられるが、その後主題Cがこちらで本格的に展開され、再現部の境界は曖昧にされている。最後は第二部への橋渡しとして主題Bが変ホ長調により静かに回想される。アタッカで切れ目なく第一楽章第二部が演奏され、オルガンによるコラールのような分厚い和音による瞑想的な第一主題(主題D)が現れる。
譜例4. 主題D
ヴァイオリンが抒情的な旋律を奏でる第二主題(主題E)の後、旋回するような第三主題(主題F)がヴァイオリン、ピアノの順に受け継がれ、大きなうねりを作り出す。主題Dが回帰し、主題E、Fの回想によりコーダを成して終わる。
譜例5. 主題E
譜例6. 主題F
第二楽章第一部はスケルツォ楽章に相当。諧謔的ではあるが、優美なダンスの雰囲気も兼ね備えた旋律(主題G)が、最初はヴァイオリン、次はピアノで繰り返される。
譜例7. 主題G
中間部トリオにおいてはヴァイオリンが息の長い、ゆったりとした旋律(主題H)を奏でる裏で、主題Gから派生した音型でピアノが寄り添う。
譜例8. 主題H
主題Gが回帰した後、主題Hの回想により第二部への橋渡しとなる。最後の荘重なピアノの和音から、瞬時に雰囲気を変えて第二部が始まる。
譜例9. 主題I
冒頭の和声はニ長調のドミナントで、無窮動の第一主題(主題I)により、苦難の道のりが始まり、44小節間耐えた後に伸びやかな歓喜の歌の第二主題(主題J)が属調のイ長調で登場する。
譜例10. 主題J
再び無窮動と歓喜の歌の繰り返しであるが、この二度目の歓喜の歌の登場時に初めてニ長調のドミナントからトニックへの解決による終止感が得られ、すなわち、ここまで本当の歓喜には至っていなかったことになる。展開部において循環主題(主題B)が回帰し、ソナタ全体が有機的に結び付けられる。
譜例11. 主題Bの回帰
ピアノ・パートに無窮動のテーマが滑り込んで伏線となり、そのまま主題Iによる再現部となる。主題J、主題Bが短くも高らかに歌われた後、最後に無窮動のラスト・スパートにより山を駆け上がるかのように頂点に達し、輝かしく終結する。サン=サーンス自身はベートーヴェンの「苦悩から歓喜へ」との関連は明言していないけれども、意識的かどうかはともかく、影響を受けていると考えられ、ベートーヴェンへのオマージュとなっている。そしてこのコンセプトは《交響曲》第3番(オルガン付)に引き継がれるのである。