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サン=サーンス : ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ニ短調 Op.75

Saint-Saëns, Camille : Violin Sonata No.1 d-moll Op.75

作品概要

楽曲ID:17348
作曲年:1885年 
出版年:1885年
献呈先:Martin-Pierre-Joseph Marsick
楽器編成:室内楽 
ジャンル:ソナタ
総演奏時間:23分10秒
著作権:パブリック・ドメイン

解説 (2)

執筆者 : 中西 充弥 (1684 文字)

更新日:2018年3月12日
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【概説1】  

「その前の年、スワンはある夜会で、ピアノとヴァイオリンで演奏された曲を聴いたことがあった。最初は、楽器から出る音の物質的特徴しか味わえなかった。ところがそれが大きな喜びとなったのは、ヴァイオリンの、か細いけれど持久力のある密度の高い主導的な小さな旋律線の下から、突然ピアノのパートが、さざ波の音のように湧きあがり、さまざまな形のそれでいて分割できない平面となってぶつかり合うのを見たときで、それはまるで月の光に魅せられ半音下げられて揺れうごく薄紫色の波を想わせた。」(『失われた時を求めて』2「スワン家のほうへII」、プルースト作、吉川一義訳、岩波文庫)  

作中の音楽家ヴァントゥイユのソナタのモデルは何か。昔から議論されていた問題であるが、ヴァントゥイユのソナタ、イコール誰それのソナタ、という単純な図式は成り立たないようである。あくまでもフィクションのソナタであるから、プルーストがそれまで聴いてきた音楽体験の中から複数のモデルの要素を取り出して再構築したものと考えられる。少なくとも言えることは、「構想、執筆の初期段階における『小楽節』のモデルはサン=サーンスの第1番のソナタであった(過去形)」、ということである。あれだけ長く、更には出版に至るまでに作者が何度も手を入れた小説であるから、途中で軌道修正されても何らおかしくはない。  

サン=サーンスとプルースト(とレイナルド・アーン)、これだけでも一冊の本が書けそうな壮大なテーマでこのスペースでは任を果たせないが、プルーストのサン=サーンスに対する評価、態度が変化した、ということは少なくとも言えるであろう。上記引用の文庫版の注にもあるが、1918年4月20日付の手紙で、プルーストは「サン=トゥーヴェルト夫人邸の夜会の場面では、私の好きな作曲家ではありませんが、サン=サーンスの『ピアノとヴァイオリンのためのソナタ』に出てくる、感じはいいけれど凡庸というほかない楽節を念頭に置いていました(何度もくり返しあらわれるその一節がどの箇所か正確に申しあげることができます。ジャック・チボーが演奏して大当たりをとった一節です)。」(吉川訳)と述べている。しかし、好きでもない作曲家の楽曲を、わざわざ自分の小説作品で重要なカギを握る楽節のモデルとするのは不自然である。実は、以前もっと若かりし頃、プルーストはサン=サーンスに対し好意的で知遇を得ようと思っていた。彼はアーンと一緒に1895年の8月にノルマンディー地方の海岸の街ディエップを訪れるが、サン=サーンスも同時期滞在しており、ここでルメール夫人を介して面会している。同年12月14日付のゴーロワ紙に『パリ名士伝:カミーユ・サン=サーンス』という作曲家を賞賛する記事を寄稿し、その際(おそらくその新聞と一緒に)メッセージ付きの名刺を渡してさえいる。サン=サーンスはこんな小さな紙きれでも亡くなるまで保存したほど几帳面であるから(なお且つ現在でも残っている)、プルーストとアーンを混同して覚えていたというアーンの証言は、真実かもしれないが、悪意も感じられなくはない。プルーストの評価の変化の原因は直接的な証拠がないので断定は難しいが、恐らく第一次世界大戦時のサン=サーンスによる反ワーグナー・キャンペーンによるものであろう。当時芸術院会員であったサン=サーンスとまだゴンクール賞をもらう前のプルーストでは芸術家としての地位は圧倒的に違い、個人的に親しく付き合った形跡もない(上述の名刺の他に書簡が全く残っていない)から、仲違いということではなく、ワーグナーを評価していたプルーストの側の一方的な心境の変化とみてよいだろう。しかし、このようにサン=サーンスは多くの敵を作ることになり、今日においても彼の評価に影を落とすこととなった。とはいえ、プルーストの作品は主にサロンの中での話になるが、音楽の享受の仕方も含めて、当時の社会風俗、雰囲気を知る上で参考になり、サン=サーンスの音楽を演奏したり聴いたりする場合にイメージを掴みやすくしてくれるであろう。

執筆者: 中西 充弥

楽曲分析 : 中西 充弥 (1897 文字)

更新日:2018年3月12日
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【概説2】  

1885年10月作曲。

第一楽章第一部:アレグロ・アジタート、八分の六拍子、ニ短調、ソナタ形式。

第一楽章第二部:アダージョ、四分の三拍子、変ホ長調、三部形式。

第二楽章第一部:アレグレット・モデラート、八分の三拍子、ト短調、三部形式。

第二楽章第二部:アレグロ・モルト、四分の四拍子、ニ長調、ソナタ形式。

二楽章をそれぞれ二部ずつに分け、四楽章あるかのような構成にし、循環主題で全体を統一させる手法は《ピアノ協奏曲》第4番(1875)において既に見られるが、やはりこのソナタの翌年作曲された《交響曲》第3番(オルガン付)と密接に関わっていると考えられる。献呈先はマルタン・マルシック(1847-1924)、先の概説1において既出のジャック・ティボー(1880-1953)の師匠であるが、両者ともそのヴァイオリニストとしてのキャリアにおいてサン=サーンスのヴァイオリン作品が深く関わっている所が興味深い。作曲の前年、1884年11月にサン=サーンスはマルシックとスイスへ演奏旅行しており、その記念に捧げられた。初演は1885年説もあり、私的に演奏された可能性は十分あるが、Sabina Teller Ratner氏のカタログに従い、1886年1月9日、マルシックと作曲家自身による演奏とする。

第一楽章第一部は舟唄(バルカロール)の第一主題で始まる(主題A)。

譜例1. 主題A

主題Aがもう一度繰り返された後、ヘ長調の第二主題(主題B)が登場する。

譜例2. 主題B

こちらが循環主題となり、またプルーストのヴァントゥイユのソナタの小楽節のモデルである。「ヴァイオリンの、か細いけれど持久力のある密度の高い主導的な小さな旋律線」とピアノの「さざ波の音のように湧きあが」る伴奏音型という表現はこの主題Bに当てはまり、「ジャック・チボーが演奏して大当たりをとった」ほど美しいフレーズとしてはこの主題以外考えられない。主題Aによって提示部が締めくくられた後、展開部として主題Aから派生した第三主題(主題C)によるフーガが始まるが、ここでは短い導入にとどまり、再び主題Bが高らかに歌われる。

譜例3. 主題C

主題Aによって再現部の開始が告げられるが、その後主題Cがこちらで本格的に展開され、再現部の境界は曖昧にされている。最後は第二部への橋渡しとして主題Bが変ホ長調により静かに回想される。アタッカで切れ目なく第一楽章第二部が演奏され、オルガンによるコラールのような分厚い和音による瞑想的な第一主題(主題D)が現れる。

譜例4. 主題D

ヴァイオリンが抒情的な旋律を奏でる第二主題(主題E)の後、旋回するような第三主題(主題F)がヴァイオリン、ピアノの順に受け継がれ、大きなうねりを作り出す。主題Dが回帰し、主題E、Fの回想によりコーダを成して終わる。

譜例5. 主題E

譜例6. 主題F

第二楽章第一部はスケルツォ楽章に相当。諧謔的ではあるが、優美なダンスの雰囲気も兼ね備えた旋律(主題G)が、最初はヴァイオリン、次はピアノで繰り返される。

譜例7. 主題G

中間部トリオにおいてはヴァイオリンが息の長い、ゆったりとした旋律(主題H)を奏でる裏で、主題Gから派生した音型でピアノが寄り添う。

譜例8. 主題H

主題Gが回帰した後、主題Hの回想により第二部への橋渡しとなる。最後の荘重なピアノの和音から、瞬時に雰囲気を変えて第二部が始まる。

譜例9. 主題I

冒頭の和声はニ長調のドミナントで、無窮動の第一主題(主題I)により、苦難の道のりが始まり、44小節間耐えた後に伸びやかな歓喜の歌の第二主題(主題J)が属調のイ長調で登場する。

譜例10. 主題J

再び無窮動と歓喜の歌の繰り返しであるが、この二度目の歓喜の歌の登場時に初めてニ長調のドミナントからトニックへの解決による終止感が得られ、すなわち、ここまで本当の歓喜には至っていなかったことになる。展開部において循環主題(主題B)が回帰し、ソナタ全体が有機的に結び付けられる。

譜例11. 主題Bの回帰

ピアノ・パートに無窮動のテーマが滑り込んで伏線となり、そのまま主題Iによる再現部となる。主題J、主題Bが短くも高らかに歌われた後、最後に無窮動のラスト・スパートにより山を駆け上がるかのように頂点に達し、輝かしく終結する。サン=サーンス自身はベートーヴェンの「苦悩から歓喜へ」との関連は明言していないけれども、意識的かどうかはともかく、影響を受けていると考えられ、ベートーヴェンへのオマージュとなっている。そしてこのコンセプトは《交響曲》第3番(オルガン付)に引き継がれるのである。

執筆者: 中西 充弥

楽章等 (2)

第1楽章

総演奏時間:12分40秒 

解説0

楽譜0

編曲0

第2楽章

総演奏時間:10分30秒 

解説0

楽譜0

編曲0

楽譜

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